世界一初恋 2

□君へのご褒美
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「千秋っ!お前いい加減にしろよ」
「えっ?あ……、ごめん、手が止まってた」
「もっと集中しろよ。こんなんじゃいつまでたっても終わんねぇぞ。またあいつに怒鳴られても知らないからな。さすがに今回は千秋の味方出来ない」
「……うん、そうなんだけど。どうしても気分が乗らなくて」
「ったくしょうがねぇな」

俺には分かっている。千秋が集中力散漫で作業が全く進まないのは、羽鳥が忙しすぎてここに顔を出せないでいるから。
溜め息をついてはペンを握って、まだペン入れの済んでいない真っ白な原稿を眺めては、また溜め息をつく。こんなことの繰返し。

「そんなに羽鳥が来なくて寂しい?」
「な、な、何言ってんだよ優、そんなんじゃないって!煩いのいないと気楽でいいしっ」

嘘つけ、顔が真っ赤だっての。羽鳥のことでいちいち落ち込んだり、喜んだりする千秋の顔なんて見たくもないのに。
あまりにも酷いので、俺以外のアシスタントは一旦帰した。いつまでもこんな調子では仕事にならなくて、きっとまた締め切りには間に合わなくなる。
本当はこんなこと、絶対にしたくないんだけれど────。
一度休憩をとり千秋がコーヒーを淹れている間に、俺はバカ担当に連絡を入れた。

「あー俺、柳瀬」
『何か用か?今忙しいんだが』
「用がなきゃ、お前なんかにかけるわけねーだろ」

電話の向こうで迷惑そうな顔をした羽鳥が想像できた。

『用なら手短に頼む』
「千秋が使い物にならなくて困ってる、お前何とかしろ」
『吉野が?悪いがフォローしてやってくれ』
「それが出来たらお前になんて頼まねーよ。最近顔出してないだろ。……意味、分かるよな?早く何とかしろ」
『分かった、すぐに行く』

忙しいと言っておきながら、優先順位はちゃんと弁えているらしい。
千秋の様子は相変わらずだったけれど、羽鳥は意外と早くここへやって来た。

「トリッ、何でここに?忙しいって……」
「手が空いたから様子を見に来た」

調子のいい奴。編集部に戻ったら、また首が絞まるくらい忙しいくせに。それ以上に、嬉しそうに笑って見せる千秋がムカツク。
悔しいけれどこれが今日初めての笑顔で、俺には引き出すことが出来なかったもの。

「吉野、ちょっとこっちに来い」
「何だよ、いきなり引っ張んなって」

羽鳥は千秋の腕を引いて、部屋を出ていった。ドアが完全に閉まっていないから、トーンを落としているつもりなんだろうけれど、2人の会話は辛うじて聞き取れる。

『全く進んでないみたいだな。俺が来なくてもちゃんとやれって言っただろ?』
『だって…………ちょ、トリ、ダメだって、優がいるのに』
『大丈夫だ。見えないし分からないよ、ほらこっちを向け千秋』
『トリ……んんっ……はぁ……』

はいはい、ぜーんぶ聞こえてますけどね。全く……悪趣味な奴、頼むからそういうのは俺に分からないようにやってくれよ。
どんな状況なのか手に取るように分かる会話は、俺を苛立たせる。どんなに千秋のことを想おうが、傍にいようがこれが現実で、俺には決して羽鳥のポジションを与えてもらえない。
こいつには絶対に敵わないのだ。
そのまま部屋には戻らずに、羽鳥はきっちり自分の役割を果たして帰って行った。

「羽鳥何だって?」
「あ、うん……別に。差し入れ持ってきてくれた」
「……ふぅん、あっそ」

ほんのり色づいた頬……、本当に分かりやすくて嫌になる。
それでも、千秋の嬉しそうで満足げな表情を見れば、これで良かったのだと自分に言い聞かせるしかなくて。
アホ千秋、何で俺がこんなことまで面倒みなきゃならないんだ。そう思っても、役にたてるのならと結局手を貸してしまう自分がいる。

「じゃ、それ食ったらやるぞ。もう今日はみんな帰しちゃったんだから、気合い入れてやれよ?」
「分かってるって。頼りにしてます、スーパーアシ様!」
「当然だ!スパルタでいくからな」
「きゃー怖〜い、でも優大好きっ」

その「好き」の意味が違いすぎるんだけどね。
さて、ここからは俺の仕事だ。羽鳥には羽鳥の役割があるように、俺にしか出来ないこともたくさんあるわけで。
だから今は、こんな役割だけど必要とされていることに変わりはないから、それが嬉しくて堪らない。

差し入れられたものを頬張りながら、お互い好きな趣味の話をして笑い合う。こんな時ばかりは、羽鳥ではなく俺との方が楽しませてやれるはず。
ただ、気に入らないことがもう1つ。差し入れはいつもだったら千秋好みの甘ったるいものをチョイスするくせに、今日に限ってわざわざ甘さ控えめの、俺が唯一最近はまっているものを持ってきたということ。
羽鳥なりの俺への気遣いなんだろうけれど、こういう抜かりない所がいちいち鼻につく。
これで貸しがなくなったと思うなよ?
頭の中で毒づきながら、目の前で無邪気に笑う千秋の言葉に相槌を打った。

あーあ、どうして同じ奴好きになるかな。
それでもバカな俺は、どうしたってお前を嫌いになんてなれやしない。



END.

→あとがき。

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