「ってぇ〜」 「おい、大丈夫か?」 「平気……それよりいつまでも突っ立ってないで、お前もコッチ来いって」 隣に招き入れ、狭い空間に大の大人が二人、肩を寄せあって何とか収まることができた。 「バカ、何やってんだよ。傘さしてるくせにびしょ濡れじゃん」 この強い雨では、あまり傘は役にたたなかったようだ。 トリは無言で、俺以上に小さく膝を抱えると、「狭い」と一言だけ返してきた。 重苦しい沈黙の中、また昔の記憶が甦る。確かあの時も、喧嘩したあとに雨の中俺を探しに来てくれたんだった。 「昔もあったよな。喧嘩してトリが迎えに来てくれたんだけど、雨降ってんのにあの時は傘持たずに来ちゃってさぁ」 「あの頃はまだ子供だったからな。気が回らなかった、すまない」 「何年後しの謝罪だよ。でも濡れて帰って、次の日二人とも熱出しちゃって大変だったな」 「まぁな」 数えきれない程の想い出を共有できるのは、他ならぬ幼馴染みの特権。昔話をしていたら、どうしてこんな寒い日に公園で震えているのかよく分からなくなってきた。 触れ合った肩から、トリの熱が伝わってくる。 安心したら目の端に熱いものが込み上げ、胸がぎゅっと締め付けられて、切なくて。隣にいる男が愛おしくて堪らない。 早く言わなくては。きっとトリは、あの言葉を気にしているに違いない。 「どうした、吉野」 「なんでもない」 「泣いてるのか?」 「違うっつーの!雨だよ、雨」 上手く誤魔化せたかは分からないけれど、「ならいいが」とトリの手が動く。てっきり頭を触られるのかと思い、反射的に目を閉じてしまった。しかし、その手が触れてくることはなかった。 「…………トリ?」 手を引っ込めたトリは「早く帰ろう」と言って、気まずそうに俺から目を逸らした。 ほら、やっぱり気にしてる。 「俺さ……」 「ん?」 「違うから、あれ全然違うからっ」 「吉野……すまない、俺が悪かった」 「何でお前があやまんだよ、お前は悪くない」 いつも俺のことが最優先で、気持ちを押し殺して 自分のことは後回し。今回だって、少し距離を置こうとか、ネガティブに考え兼ねない。 「少し考えたんだが、やはりあのエピソードは今回見送って、コミックスで書き下ろしたらどうだ?」 何だそれ……傷付いた顔してたくせに、仕事の話かよ。スルーすんな! 「そうじゃなくて…………。大嫌いって言ったの本気じゃないから!あれはお前が変なこと言うから……だから、……だからいちいち真に受けんなっ」 「え?」 「バカ……仲直りしたいって言ってんの」 「千秋」 「へへ……あったかい」 まだ遠慮がちなトリにぎゅっと抱き付くと、お互いの冷えた身体に少しずつ熱がこもる。 「千秋、髪濡れてる」 「ん……」 優しく撫でてきた指が頬を伝って、顎を取られる。重ねられた唇がひんやりと感じたのは一瞬で、滑り込んできた舌は温かい。 いつもだったら外でキスするなんて考えられないけれど、もう薄暗いし雨のおかげで回りの音が遮断され、全く気にならなかった。 この空間だけ切り取られたかのように、時間が止まった感覚すら覚えた。 「少し小降りになってきたな」 「うん、帰ろうか。俺腹減ったー」 「その前にさっさとネーム片付けろよ」 「げっ、今日はもういいじゃん!蒸し返すなよ」 「それとこれとは話しが別だ、締め切りに間に合わなくなる」 「ちぇっ、鬼だな」 「何とでも言え、お前の為だ」 「分かってるよ。…………でも、ありがとう。内容詰め込みすぎて収集つかなくなってた。トリ言う通りにする」 滑り台の下から出ると、あんなに降っていた雨はかなり弱まっていた。トリの持ってきた傘を二人で使って、家路を急いだ。 あぁ、思い出した────。 あの時トリは傘を持ってこなかったんじゃなくて、探しに来る途中傘を持っていなかった千夏を見つけ、自分の傘を持たせてくれたんだった。 気が回らなかった何て嘘だ。 家に帰ったら玄関に濡れた傘が置いてあり、傘には「はとりよしゆき」と名前が書いてあった。 急に笑いだした俺に、トリが不思議がる。 「お前やっぱいい奴だな」 「何だよ急に」 「別に〜、ただ……いつも傍にいてくれるのがトリで良かったなと思ってさ」 「調子に乗るな」 額を指で弾いてきたトリの横顔は、嬉しそうに笑っていた。それにつられて、俺にも笑みがこぼれた。 END. 20150129 蓮 →あとがき。 |