世界一初恋 2

□特別な存在
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バイク便に原稿を委ねやっとの思いで原稿をあげた今、ほんの少しの時間と余裕が出来た。
ハッキリ言ってスムーズに作業が進むことは数少ないけれど、今回は特に酷かったように思う。一番の見せ場のシーンがなかなか納得のいくように描けなくて、何度もやり直す羽目になったのだ。
その甲斐あって、いつになく充実感と達成感は大きい。
だが、もう何もする気力が起きないし、徹夜が続いたせいで目を開けていられなかった。よく分かっている、それも自業自得。
取り敢えず食事も摂らずに死んだように眠り続け、今はソファーにゴロンと寝転がって漫画を読んでいる。
お腹は空いているのだが、コンビニで適当に買い込んだ食料は底をつき、スナック菓子が一袋残っているだけ。身体を起こし最後の袋を開けると、再び横になった。

原稿があがった日に、『お腹空いた〜トリの卵焼き食べたい!』そうメールをしたところ、『明後日作りに行ってやる。ちゃんと部屋を片付けておけ。』と短く素っ気ない返信メールがきた。
すぐには食べれないことが分かりガッカリしたものの、仕事なのだから仕方ないかと納得して。
そして今日がその約束の日、部屋が片付いているかと聞かれれば、そんなはずもなく。
さすがにこれはないよな、トリが見たら何と言うか。それどころか、表情までもが容易に想像できる。
分かっていても行動に移せずダラけてしまうのは、文句を言いつつも手伝ってくれるだろう、という甘えなのだと思う。
結局どこから手をつけたらいいのか途方に暮れて、無情にも時間だけが過ぎていった。
そして、食材の袋を片手に部屋へ足を踏み入れたトリが、一瞬にして顔色を変えたのは言うまでもない。

「おい、全く片付いてないじゃないか。今まで何やってたんだ」
「あぁ、えっと、ごめん。飯食ってからやろっかな〜なんて」
「先にやれ、飯はそのあとだ」
「……ですよね」

厳しい口調で吐き捨てられ、トリは食事の準備に取り掛かってしまった。キッチンからは、食材を刻む音が一定のリズムで聞こえてくる。
こちらを気にする様子もなく黙々と作業を進めるあたり、手伝う気は微塵もないらしい。当然と言えばその通りだし、早く終わらせなければ食事にもありつけなくなるかもしれなかった。

「よし、やるか」

重い腰を上げ、まずは散らばった本を集めていく。部屋の隅に積み上げていると、グーとお腹が鳴った。
あぁ、食欲をそそる味噌汁のいい匂い。急に力が抜けて、その場にヘタリと座り込む。そのままズルズルと身体を倒して、寝転がると瞼が勝手に落ちてきた。
ほんの少しだけ目を閉じるくらいいいかな……。
あんなに寝たのに空腹のせいでまた眠気に襲われて、夢の世界に吸い込まれそうになった時。

「やる気あるのか?」
「わっ」

剣のある声にビックリして目を開けると、キッチンにいたはずのトリが腕組みしながら立っていた。

「ご、ごめん。ちゃんとやるから!

「そもそもここはお前の部屋だ。どんなに散らかろうが、のたれ死のうが俺には関係ない」
「すみません……」

トリの言うことはいつでも正論だ。
至極全うな意見に返す言葉も見つからず、改めて悲惨な部屋を見回した。コミックが散らばり、取り込んだ洗濯物は放りっぱなし。お菓子の空き袋や食べ残しもそのままになっている。
まあ、原因は幾つかあるのだけど。

一つ、トリが忙しくて暫くうちに来れなかったこと。
二つ、やっと自分の時間が出来て、大好きな漫画を読むのに夢中になってしまったこと。これに関してはどうにも止まらなくなって、一巻から読み直そうとか思ったら収集つかなくなった。
気が付いたら一気読みしてしまい、床がコミックだらけになってしまったのだ。
三つ、俺のダラけた生活がその全て。要するに、トリがいないと何も出来ないダメ人間だってことを、証明したにすぎない。
自分の不甲斐なさを反省し、今度こそちゃんと片付けようと動き出せば。見るに見兼ねたのか、ネクタイのノットを緩めながら、トリはテキパキとゴミを拾い始めていた。

「手伝ってくれるの?」
「仕方ないだろ、早く終わらせるぞ」
「うんっ !!」

こうして、結局トリを巻き込んで作業再開。
こんな状況でも一応洗濯はしていて、ただ、畳むのが面倒で服はそのままフローリングに置いていた。
それが気に入らなかったのか、次にトリが着手したのは洗濯の山。それもすでに半分の高さになっている。

「これはもう捨ててしまえ、首が伸びきってヨレヨレだろ」
「えー、まだ着れるし」
「あのなぁ、仮にも一千万部作家なんだから、もう少しまともな格好をしろ」
「そんなこと言ってもさ、着れれば何でもいいっていうか。一人で行くのも嫌だ、人混みは酔うんだよ……よく知ってるだろ?」
「いいから新しい物を買ってこい」

そこまで言うなら、一緒に行ってくれればいいのに。ここで「一緒に行って欲しい」とすぐに言えないのは、この状況に対する申し訳なさと、来週からまた帰りが遅くなりそうだと聞いていたからだった。
貴重な休みは、ゆっくり身体を休めたいに決まっている。休日まで世話を焼かせて拘束させるのは嫌だ。
だったら優に頼もうか?いや、それは絶対に無理、トリがいい顔をしない。つまらない火種を作って、喧嘩になるのは一番避けたい。
仕方ない、自分で何とかするか。

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