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寡黙と憂鬱に咲く[11]


19.
怖くないのか、と奇妙な顔つきで問われる。
まだ成長過程にある幼い顔立ちの少年は、両手を縛られ、全裸にされているにも関わらず、相手に挑発の眼差しを突き付けたままだ。
「ヤってよ、ずぶっと。べつに残酷でも特別でもないんだ。“見慣れてる”ことだからね」
13の少年が、笑い放った言葉だった。

高杉は我に返った。
途中で自分も気付いたのだが、笑いながら目を覚ましていたのだ。
そして次のことに関しても、はっきりと理解していたのだが、実際に銀ハが声をかけてくれるまで、
心配そうに覗きこんでくる彼に対して、何の反応も示さなかった。

「夢でも見てたのか」

いつの間にかベッドにいて、肩を抱かれたまま自分は眠っていた。
夢とは不思議なもので、現実に引き戻された時点では結構覚えているものなのに、数分経つと、
砂が流れるように忘れていく。

「覚えてないや…あ、運んでくれたんだな」
「あんな場所で寝かしとくわけにもいかんだろ」

浴室で意識を失ったことを思い出す。

「俺、何か言ってた?」
「何も」

銀ハは特に誤魔化している様子もなく、それが何か、とでも言いたげだった。
高杉はほっとする。夢の映像は漠然としていたが、他人には聞かれたくないような内容だった気がしたのだ。

「良い夢だったのか?笑ってたぜ」
「どうだろう」

良い夢ではない、ということだけは断言できた。だが覚えていないことを理由に、曖昧に濁した。

「なあ銀ハ」
「ん?」
「初セっクスって、いつだった?」
「初セっクス?俺の?」

銀ハが一瞬難儀な表情をした。
まずいことを聞いたか、と高杉はすぐに質問の撤回を試みたが、

「高校入る前だったかな」

銀ハの中で、先刻の躊躇していた問題は解決されたのか、開き直った顔で言われた。
相手は誰だという質問が出かかったが、自分が詮索されたくない事情を、相手に強要するのは如何なものかと自身を叱咤した。
銀ハは起き上って、煙草を吸い始める。
高杉はぼうっとそれを眺め、灰色の空気が流れ、途切れて消える瞬間を見守っていた。

「おふくろとな」
「え?」

思わず瞬きをする。銀ハは高杉の反応を面白がった。
「血は繋がってねえから」
その表現は、実母がいないことを意味していた。

「俺じゃねえよ。そこは誤解しねえでほしいかな…」
「襲われたのか?」
「そっちが正しいな」

少し苦笑を塗しながら、高杉のほうを見やる。そこから先を話していい相手かどうか、値踏みしているようだった。
暗欝なものが見え隠れしていた。この男も、恐らく家庭には恵まれなかったのだ。

「あの女の目的は親父じゃなくて、俺だったみてえだ。まいったよ、あの時は。別に初めての相手なんて、
誰でも良かったけどさ。まさか親父の再婚相手と、て思うだろ?親父もどうして、あんなのにひっかかっちまったかな」
「………」
「俺なりに親父の再婚は前向きに考えてたよ。反抗しなかったぜ。この俺が、偉いよな。本当の母親みたいに慕うつもりだった。
せっかく新しい家庭が作れると思ってたのに、結局――」

声が大きくなる。銀ハにしては随分多弁になっていた。
言葉の端々に、相手に対しての嫌悪の念が付着していた。
はっとしたように、彼は言葉を切る。自分の発言を悔いたのか、目を伏せた。

「…あれだな、良い家庭を知らねえと、良い家庭が作れねえってこったな」

聞きたくない自嘲が、高杉の聴覚を貫通した。
別段、自分も未来に希望があるわけではない。暗雲が垂れこめた予想図ならば幾らでも描ける。


「全員がそうだとは、思わねえけどさ…」


自分が遥か闇の彼方で、雷光を身に浴びているのを想像したら、不意にそんな気持ちになって、ぽろりと口にした。
銀ハが意外な顔をした。

「お前でも…前向きに考えること、あんだな」

否定はしないが、そんなに後向きな人間に見えるのか、と声を大にして問い返したくなったが、
その後、銀ハが肩の荷が下りたように笑った。救われた、とでも言いたげに。


「終電近えな。何なら宿泊しちまうか?」


思わぬ提案だったが、高杉はそれを拒めなかった。
夢のせいかもしれない。今日は家に一人でいるのが、少し心細かった。

「別に俺はいいよ。明日授業、午後からだし。銀ハはいいわけ?」
「通勤なら何てことねえよ」
「…そうじゃなくて」
「…別に気にしちゃいねえだろ、俺の帰りは」

この男に、家庭を顧みる気はさらさらないらしい。現状に、もう希望は見出していないのだ。

「ここにいるほうが、気が楽だ…」

銀ハはベッドの傍の電気を消して、布団の中に埋もれた。
お前も寝ろよ、と布団を少し払いのけてきたので、高杉もふかふかな温もりに身を置くことにした。
眠気はやがて緩やかな足取りで来るが、先程の夢の続きを見たくない一心で、高杉は暫く、目を開けていた。

「窮屈なら言えよ…」

中々寝付かないのを、銀ハが見兼ねた。
別に狭いわけではない、とだけ言い、銀ハと反対側を向いて、眠るふりをした。
だが瞼は一向に重くならない。
こんな不安感には、何度か襲われたことがある。眠いのに、眠れないのだ。

「羊でも数えてやろうか?」
「は?」

羊?と高杉は目を細めて訊き返す。

「ガキにしか通用しねえと思ってたけど、案外効くぜ?」
「ガキと銀ハだけだと思うよ」
「どういう意味だそりゃ」

身体を返して睨まれた。高杉は思わずふき出す。
負荷となっていた要素が、ふっと浄化された気がした。

「大したことじゃねえんだ。少し、不安だった」

どうにもならないものだと、高杉は弱った笑顔を零してしまった。
羊を数え疲れても、きっと眠れない不安だろう。

「なら尚更、寝ちまったほうがいい」

布団をかけなおした銀ハが言う。
妙に説得力があって、高杉も静かに頷いた。

「とりあえず目、閉じな」
「…そうする」
「美味いもんでも想像してさ」
「…うん」
「目覚めた頃には忘れてるさ」
「うん…」

布団の中でそんな言葉を聞いて、どういうわけか瞼が熱くなった。
目じりから控えめに毀れたそれを、人差指で拭った。


「一体どうしたよ…」


銀ハに気付かれたらしい。自分でもよくわからず、知られたあとは、もう抑えることはできなかった。

「わかん、ない…」

声が掠れた。どうしてあの夢を見たのだろう。
ふと耳に妙な音が流れてきた。
羊が一匹…羊が二匹…羊が三匹…羊が四匹…

「銀ハ?」

よくよく聞くと、銀ハの声でそれは繰り返されていた。
羊が十匹…二十匹…それは徐々に、小さくなっていく。

「羊が…八十匹…八十一匹……」

銀ハの声に重ねて、高杉は続いた。延々と、それは続いた。
どこまで数えたのか覚えていないが、いつの間にか伏せた瞼が次に開いたのは、もうカーテンの奥が大分明るくなっていた頃だった。


20.
「しーんーすーけ、お前寝過ぎ」

名前の一文字の語尾を全て伸ばされて、意地悪く頭を突かれた。
自分が悪いのだが、今朝も一度銀ハと抱き合ってから、バタバタで大学に直行したのだ。
身体もだるいし眠い。目も腫れてるし。

「何かくしゃみ酷えんだけど…涙も出てくるし」
「ああ、季節外れの花粉らしいぜ。お前花粉症だったっけ?」
「前は平気だった」

咄嗟についた嘘が、幸いにも流行に上手く乗っかったらしく、土方も騙されてくれた。
鼻をぐずりながら目を擦る仕草をすると、不本意ではあったが、土方に「そういうお前って意外で、可愛いかも」と言われてしまった。
一度気持ちをはっきり伝えたからか、隠そうともしない(以前も丸分りではあったが)。

「今日ってお前バイトあんだっけ?」
「休み」

短く即答したが、高杉の時間の空きを聞いて、土方は期待の面持ちになる。

「飯食いに行こうぜ、帰り」

言うと思った、と高杉は少々呆れた心持になる。まあ別にいいけど、それくらいは。
大学の友人との食事が苦痛というわけでもない。
ただ土方のことだ。そうなれるシチュエーションを探して、導いてくるに違いない。
それも自分が気軽に餌を与えたのがいけない。
後悔しているわけではないが、今はただ、土方と寝ることに気がのらなかった。

大学のレポートの期限が近い。同じ学科仲間の桂、近藤あたりも巻き込んで、図書館に向かった。
煮詰ってくると桂は呼ぶことにしている。
糞真面目だが頭脳明晰で、しかも迷惑なほど世話焼きだから、これを利用しない手立てはない。

「いいか。この論理はな。マルとバツの組み合わせがありえないとしてだな」
「あー、そこは分かってるから次」
「晋助、まず土台を築かねば何事も成し遂げられんのだ。だからまず」
「もう土台は無事ですからー、次」

馬耳東風。桂の説教は長々と続いたが、おかげで課題は全て片付いた。
さらに山崎を呼んで、暫く食堂で屯し、雑談していた。途中で喫煙組の土方と高杉は席を離れる。

大分日も落ちていた。
出席者の多い授業のコマが集中している時間だからか、喫煙所には人っ子一人いなかった。
不意に土方が高杉の手を引き、「今ならいいだろ?」と欲情の目でそう言ってきた。
全然気にしてないことだが、「外はまずい」と何とか逃れる理由を並べる。

「外のほうがお前、興奮するんじゃねえの?」

高杉の猥褻さを土方もよく分っていた。結局、高杉のほうが折れる。

「下だけな。刺青がまだ乾いてねえんだ」
「またいれたのか?」

土方にはまだ言ってなかった。

「背中は避けるようにするから」

そこを露骨に触れられると、高杉も下火になっていたものが、再びメラメラと炎上する。
下着をおろされ、硬くなった昂りを咥えられた。
土方の奉仕が大分上手くなった。体重を支えきれなくなる。

「は、ぁ…は…っ…土方、お前のも、しゃぶってやる」

今度は高杉が膝を折り、土方の醜くそそり立ったものを口に含む。
土方は先端が弱い。舌で執拗に舐めまわすと、甘ったるい声が耳を打ってくる。

「なあ、いいだろ?挿れさせてくれ」

辛そうな面持ちを見せ、許可を得る前に高杉を立たせ、壁に手をつけさせた。
挿入口に指が侵入してきたので、高杉は深く息をつく。が、そこで指が止まる。



「晋助……今朝、誰かと寝たのか?」



ぎくっとした。
銀ハに中だしされたものを、時間がなくてティッシュで軽く拭った程度であったことを思い出す。

「…残ってるんだけど」

指先が冷えてきた。
何を慌てている。自分の色事情は、土方にも知れていることだろうに。今更後ろめたいことでもない。

「別に。それが何?」

ぎりぎりのところで平静を装った。
土方が押し黙る番だった。沈黙の後、舌うちしたのが聞こえた。

「どうして…お前は、平気でんなこと出来るんだよ…」

声が震えているのは怒りか、嫉妬か、惨めさか。どうせなら全部だろう。

「文句があんなら抜けよ」
「………」
「俺はそういう奴だから。お前だって知ってて、利用してるくせに」

こんなことを吐かせないでほしかった。自分の声にも僅かに怒気が含まれていた。
土方にはこれ以上、何も言わせるつもりはなかった。
土方の指が引き抜かれた。振り向くと、力なく項垂れた友人の姿があった。

「悪かった…」
「………」
「お前の言うとおりだよ…好きでもない俺のことだって相手してくれるお前を、利用してたよな、俺」

最低、とその一言で自虐した。
口を閉ざすこと以外、高杉も選択肢が浮かばず、苦い空気になる。
土方は彼の中だけの葛藤を繰り返し、すっと顔をあげた。

「でもやっぱり駄目だ…最初は肉体関係だけでも十分満足できるんじゃねえかって、思ってたけど。
抱けば抱くほど、お前が本当に手に入ればいいな、て思っちまうし…なあダメかな、晋助。考え直せねえかな、今の関係」
「土方…」

彼の気迫に負けて、高杉は思わず後ずさりする。
距離を置くことは許されず、肩を掴まれてしまう。

「離せよ…」
「いやだ」
「人呼ぶぞ」
「呼べやいいじゃん。晋助、好きだ」
「俺は好きじゃねえよ」

身の危険を感じたのは、今の土方がかなり興奮気味であると判断したからだ。
冷静にこちらが返しても通用しない雰囲気になりつつあった。
今度は思いきり抱きしめられた。背中の傷口なんてまるで気にかけていない圧迫ぶりだった。

「離せってっ、こんなことしたって…どうにもなんねえよっ」
「俺思うんだ。晋助だって、人に情を感じる時があるんじゃねえかって」
「っ…すくなくとも、お前にはねえよっ!」

脳裏に浮かんだ人物を瞬時に振りきって、同時に腕もふり解いた。
慌てて土方から離れたが、完全なる拒絶に、土方は魂を抜かれた表情をしていた。


「お前ってなんか……すげえ冷たい人間だよな…」


苦笑でも自嘲でもなかった。相手に対しての絶望の一言だった。
昨日の夢はなんだった。冷たい人間の夢だった。
高杉はあの嫌悪感を全身に走らせた。
それは身体を掻き毟りたいほどのもので、それを究極の苛立ちに変えて、高杉はとうとう、凶器を土方に突き付けた。



「はっきり言うけど、お前とのセっクス。感じたことねえから」



あまりに残酷なことを言ったと自覚していた。
だから高杉は土方の表情を確認せずに、その場を足早に立ち去った。
土方のことは、一刻も早く忘れるように心がけた。
「冷たい人間」という言葉が、眩暈を覚えるほどにぐるぐると旋回していたが。

途中からは走っていた。校内で呼びとめられた気がしたが、誰の声だか判別がつかなかった。
呼吸はとうに切れかけていた。
何のフラッシュバックだか分らないものが、高杉の脳を支配した。
自分は畳に座っていた。布団が敷いてあった。
目の前に、男と女がいた。二人は激しく睦みあっている。
女は誰だか知っている。男の方は知らない。
女は見られることを喜んでいた。男は獣になっていた。
「晋ちゃん、見て…わたし、どうなってるか見て」

高杉は糸が切れたように、辿りついたそこで蹲った。
突然我に返った。床がよく見えて、そこに自分の汗が何滴も落ちているのを理解した。

(何だ…今の……)

物凄く、奇妙な映像だった。昨日の夢によく似ている気がする。よく覚えてないが、全く同じ嫌悪感を覚えた。
胃腸が逆流した気がした。一気にむせかえしてきて、高杉は嘔吐してしまった。


21.
これから大学が行きづらいな、と思う。
彼とは授業がかなり被るから、嫌でも顔を合わせなくてはならない。
数時間前まで普通に話していたのが、たった数分で取り返しのつかない事態になってしまった。
こういうのは初めてではないが。
土方は可哀そうな友人だ。彼の好意はそれなりのものだった。ある意味素直で、純粋な男だ。
自分の存在が、彼の心に沁みをつけてしまったに違いない。

(清掃のオッサンが来る前に行かねえと…)

汚物が飛び散った現場に誰も居合わせてないのを確認し、高杉はさっさと大学を出る。
口の中も心の中も後味が悪い。
携帯電話を開いた。無性に声を聞きたくなったのだ。もう、仕事からは解放されただろうか。

高杉が操作をする前に、携帯が震えた。着信。
点滅する相手先を見、真っ先に通話ボタンを押した。


「銀ハ?」


向こうが名乗る前に、名前を口にした。

『出んの早えな。授業は?』
「今さっき終わって出てきた…携帯開いたら、急にかかってきたから」

自分もかけようとした、というのは、何だか恥ずかしくて言えずにいた。

『何かあったのか?』
「え?」
『元気ねえじゃん』

はっとなって、高杉はややぐったりしていた気を引き締め直した。

「そんなことねえよ。ちょっと疲れたから」
『ならいいけど』
「用事あったんじゃねえの?」
『ああ』

銀ハが話す前に、高杉は携帯を持ちかえる。

『土曜、時間ある?』
「え、あるけど…」
『娘んとこのイベントが中止になってさ。一日家にいんのも嫌だし、暇なら付き合えよ』
「暇って…まあいいけど。フリータイムでホテル取る?」

返事のタイミングが遅かった。ホテルに誘ったわけではないらしい。

『たまにはどうよ。どっか行くのも』
「どっかで、何処だよ」
『遊園地とか?』
「えー…」

あまりに意外な単語が飛んできて、反応に困った。

「銀ハが遊園地とか…変なの」
『俺、これでもパパですけど』
「…そうでした」

娘をあやしている銀ハも見ているし、考えてみて、悪くはない提案だと思った。
遊園地なんて、自分も何年も行っていない。高杉の少年の部分が、妙にはしゃいでいた。

「いいよ。空けとく」
『詳細はまた連絡する』
「ん、わかった」

そこで電話は切れた。安堵の息をついて携帯をしまいこむ。
(サンキュ、銀ハ…)
おかげで胸中の黒い霧が少し晴れた気がする。
これから先の目的地も思いついた。


差し入れでもしてやろう、と思った。
大学から沖田のタトゥスタジオは、そう遠くない。
適当に飲み物と菓子を買い、足取りは早く、彼のもとに向かう。
店は繁盛してほしいけど、今は客来てないといいな。

少し退廃的な店の造りが気に入っていた。
裏通りに堂々と構えている、沖田の作品が刺繍された襤褸襤褸の布も中々いい。
(禁止されたのに、セっクス何回したよ俺…)
確信犯だったので今更だが、どういう言い訳をしようか真面目に考えている自分がおかしかった。

連絡を入れようか迷ったが、突然訪問のほうが面白そうだ。
邪魔そうなら、物だけ置いてさっさと出て行けばいい。
店の前はライトアップされていた。夜の体勢だ。ここは人気だから9時まで運営しているのだ。


ドアベルに手をかける。
手術中だと返事がないのを知っていたので、数秒待って返答がないのは、客がいる証拠だろう。

(長居は無用だな)

少々残念に思ったが、以前差し入れは助かると言っていたから、玄関にでも置いて帰ろうか。


「邪魔する」


遠慮なく開けさせてもらった。
夜闇を歩いていたから、室内の明りが眩しい。



「沖田、差し入れ持っ―――」



言葉が途切れた。
手術台には誰もいなかったのだ。

沖田が一人、床の上に崩れていた。


「沖田っ?」


差し入れ袋をそのへんに投げて、高杉は駆け寄る。
口は半開きになっていて、垣間見えた歯列が真っ赤に染まっていた。

「沖田っ。おい沖田っ!」

呼んでも全く反応がない。口に手を当てたが呼吸はしている。
だがかなり危ない状態だと、119が頭に浮かんだ。吐血もしているし。
高杉は瞬時に携帯の液晶画面を開いた。119の番号を手早く押す。

その上に、手が重なった。

「…沖田?」
「呼ばないで…」

視線を移すと、沖田が小刻みに首を横に振っていた。

「呼ばないで、ください…」

懇願の目が弱弱しく開かれていた。高杉は携帯電話を閉じるしかなかった。


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