お題に挑戦!ラッキーマン二次創作小説

□06 サボタージュの小径
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見慣れた教室が、今はまるで異質に映る。

暖かい夕陽に染められた、机の並ぶ真ん中で・・・
師弟の持つ空気だけが、緊張と、
一つの冷たさに支配されていた。


長年、言わなくてはならないと・・・
洋一が自らに言い聞かせて来た

「師弟関係」の終わり。


努力の告白を、用意されていたかの様な終わりの言葉で
押し返した瞬間から・・・。

引けなくなってしまった、師匠と弟子は。








ただ、互いの言葉を待っていた。















『サボタージュの小径』















遠く、校庭から野球部員たちの明るく、
生き生きとした声が耳に届く。

誰もいない教室で、洋一は自らの机に
かるく腰かけた。

忘れ物なんてものは、はなから存在しない。

衝動的に駆けこんだは良いが、
これはこれで袋の鼠だな、と洋一は笑う。


投げやりにも見えるその表情を凝視しながら、
長年、その一番弟子を名乗って来た
長い黒髪少年は・・・

夕陽に照らされた洋一から伸びる、
長い影の領域に歩み出た。




「師弟関係を解いたら・・・
「杉田努力」はどこへゆくのでしょう・・・?」


貴方に近づきたくて手にした
もう一つの姿なのだ、と___。

それ以外にこの姿に意味は存在しない、と。


呻くような声で言うと、
師とあおいだ少年の瞳を正面から見る。

夕陽よりもなお深く燃える色で
静かに問いかける努力に。

暖かな光に照らされながら、
どこか青ざめて見える小さな少年は____


「・・・仲間でいてほしいな。

 地球生活を皆に慕われて過ごすお前を、
 仲間として・・・。
 友達として、ボクは見ていたい。

 努力はね、ボクに捕らわれすぎなんだ。

 ・・・お前は、皆に愛されてる。
 もっと楽しんで、皆のいる世界にあるべきだよ」


もどかしそうに。
かすれそうな声で、懸命に伝える。


「師匠のいない世界で、ですか」


すがるようなその声に。

一瞬揺れた表情を、
眉をひきしめ、

洋一は大きく首を横にふる。



「なんでそんな極端なんだよ・・・!

 ボクがいない訳じゃないんだ。

 いない時も・・・あるけど同じ学校にいる、
 しかもヒーロー同士だ!

 初めは戸惑うかもしれないけど、すぐ慣れるよ。

 ちゃんとした友達に___

「分かっていないのは師匠です!!」


目の前で突然大声を浴びせられ___。

言うべき言葉も途中のまま、
体と共に洋一は凍りついた。



「・・・会長は、私の弟子入りを認めてくれました。
 だから、私は地球にいられた。

 師弟だからこそ、特別に認められた特例です」


___遠い記憶が蘇る。
確かに、これは努力の言う通りで・・・。



師弟関係を解消したなら。

一人前ともはや周囲に認められ、
期待もされている努力には
地球勤務を外され、他星の英雄として
迎え入れられる道があるだろう。


だが・・・

あの会長の事、努力が望むなら
このまま特例の地球勤務を黙認してくれるのではないか?

それに____


「・・・会長が、お前の希望を
 考慮しない、って事は無いでしょう?
 それに何か言われたって、さ・・・。

 ボク、結構口挟めちゃうんだけど」


言いたくはないが、こう見えて大宇宙神なのだ。

行ったり来たりの落ち着かない生活だが、
努力の為なら、口出しする時間を惜しむ気は無い。
希望があるなら、嫌いな権限を盾に頼んだって良い。


「・・・「友達」として、ですか?」


言われて、洋一は答えに詰まる。

あきらかな特別扱いだ。

そんな場面が本当に来たなら、多方面からの
不満と非難は、間違いなく大宇宙神の元に届くだろう。

・・・それでも。

すぅっ、と息を吸うと、洋一は
背筋を伸ばして努力を見、頷いた。
自分の本心を偽り、努力に
気の無いそぶりをしたとしても・・・

努力を特別扱いしてしまう事は、
傍目にどう映ろうが、譲れそうにない。


そしてそのリスクも、
「友達だから」で言い通すずるさも、
洋一は覚悟していた。


教室の窓から見える夕焼けは、早くも色を変えつつあった。

室内に明かりを必要とする、
じんわりとした暗がりが生まれるなかで____

師弟はただ、向き合う。



無言で、返答を促されていた目前の弟子が動き・・・
師匠の肩を、強く引いた。

洋一は転ぶように、その柔道着に包まれた胸板に倒れこみ。


そのまま両腕に閉じこめられてしまえば、
眼を閉じ、その鼓動に耳をすます事しかもう出来ない。


免許皆伝を提案した、その小さな師匠は
そっと息をはいた。



___努力は地球が、仲間が好きだ。___



まもなく、自分の耳に届けられる答えは決まっている。
そうしたら、それが通るべく力を注いで。

後は、「友達」として互いの距離間を守ればいい。

こう、抱きしめられるのも、
それを許すのも。


今日が最後になる、と洋一は想った。


努力の柔道着の温もりを、その頬に_____
刻み込むように、頭を押しあてて。






「・・・貴方をお迎えに出ない朝を想像してみました」

「・・・ん」



校庭の中央から聞こえていた、野球部の練習も終了し。

運動部員ならではの、活気溢れる幾多の声が消え去った事に、
二人は気づきもせず・・・互いの会話に聞き入っていた。



「不良に絡まれるであろう貴方を一人で帰して、
 級友たちと部活に出る自分を想いました」

「うん」


「ヒーロー達が集まる中で、困った顔でたたずむ
 貴方を視界から追い出して、兄さん達と先陣に出る
 自分を想像してみました」

「二人は強いから・・・
 戦わなくてラッキー、ってなりそうだね」


腕の中でくすくす笑う洋一に微笑み、
力をこめて抱きしめなおして。
努力は言葉を続ける。



「・・・学校に来ない貴方を、気にとめないで
 学生生活を送る、私を想い描こうとしました」

「・・・うん」




「無理でしたよ」



努力の胸に額を預け、まぶたを閉じていた洋一の
眼が開かれる。



「貴方を想う前の自分には、戻れません」


少し、笑いが含まれたその声。


「師匠の言われるように、もし・・・しても。

 私は貴方を見てしまうでしょう。
 嫌われても、傍にいたいと願うことは止められません」


 どんな顔で言っているのか。
 洋一は眼に焼きつけたい、と震えたが____

 衝動に、強く、必死に耐えた。

 いま、それを見てしまったら、
 視線をそらせなくなってしまうから。


「私を拒絶する師匠の想いが、
「もしも」本心だったら・・・、
 私は貴方の意志を尊重出来ない自分が
 許せなくなるはずです・・・。

 そうしたら。

 とてもいられませんよ。地球には。

 どんなにここが好きでも、大事でも。
 一番大切なのは、師匠なんですから」


 顔を紅くしながら、なんだってそう言うセリフを
 躊躇無く口に出来るのか、
 自称弟子に問いつめて喚きたい気持ちになる。

 同時に洋一が痛烈に自覚するのは___。
 ・・・腹立たしいのは。

 ほかならぬ、努力に好意を示してやれない
 己へのもどかしさと、ずるさだった。


「ですから、師匠」、と努力は
申し訳なさそうに師のたまねぎ頭に
頬をくっつけて。


「選んでください、ニ択に一択を。

 師弟を解くことも、ただの「友達」、「仲間」に
 なることも、私はして差し上げられません。

 なので・・・

 この、愚かな弟子の想いを知った上で
「師弟」でいさせて頂けるか。

「師弟」を解いて、視界の届かない地へ
 私をやって頂くか。

 その、二つに一つを」


びくっ、と肩を震わす洋一の耳に、
低く言葉を囁く。

そして、あ、と今気づいたと分かる調子で
慌てて弁解した。


「あの、もし私がお傍を離れる選択でも・・・
 兄さん達からは私の話題が出るかと思われるので、
 それはどうかご承知して下さい」


努力の柔道着を掴みながら、
顔を上げまいとする洋一から
「お前がいなきゃ、勝利達だって
地球にこだわって滞在なんかしないさ」、
と苦笑がもれる。

涙声を必死に隠す少年を愛おしく想いながら、
努力は自分の師匠の、「大切にされる事」への
鈍感さに少しだけ頭が痛くなった。

いつもはその師匠に鈍感、と評される事の多い
努力だったが。

そんな彼にでさえ、自分は嫌われはいないと分かる
・・・柔道着にしがみついている
「師匠」の姿を見つめるうちに。

一抹の希望と、勇気が。
静かに、だが、力強く沸いてくるのを感じた。


腕の中の、小さな肩のこの人が
なにを考えているのか。
・・・自分にはまだ掴みきれてはいない。

それでも、と努力は首を横にふる。

このまま待っているだけでは。
「一番弟子」でも、「友達」にも。

・・・真に望んでいた関係にもなる資格は無いのだ、と。





「貴方は平気ですか」




まとまらない思考で、懸命に頭を巡らせ。

柔道着を離せず、苦悩する少年の耳に、
その言葉は静かに響いた。


「え・・・?」


と。顔をあげた洋一は、
努力の燃える瞳を見てしまう。



「私がいない、視界の隅にも映らない世界で・・・

『洋一君』は・・・耐えられますか?」



努力の瞳から眼をそらすことが出来ず、
捕らわれたまま___。

頭の中でもう一度再生される
彼の問いに、洋一は呆然とする。



「友達でいてほしい」
「仲間でいてほしい」
「お前の邪魔はしたくない」


___だけど、ボクの視野の中にいてほしい。

 努力の姿を、苦しくとも、見ていたい____
 


友達は。
仲間は。

どこにいたって、どんなに離れたって
友達で、仲間でいられる。

こんなワガママで縛るこの気持ちは、
友達のそれでも仲間の結束でもなく____。


今の今だって、自分が考えていたのは・・・

努力のひたむきな問いに対する、真剣で正直な答えではない。

「努力は地球にいる」以外の答えを
考えてもいなかった自分に、
予想外の選択を問いかけた一番弟子に向かって。


どうしたなら、このワガママをどうにか守れるのか。



そんな、どこまでもずるい「抜け道探し」だったのだから。







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