お題に挑戦!ラッキーマン二次創作小説

□03 仮病ノントロッポ
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自室の窓から見える空模様はどんよりと暗く。

らっきょビンから、らっきょを一つ取り出し
口元まで運んでいた洋一は、その空模様に気づくなり、
げんなりと、らっきょをビンの中へ落とし戻し。



「あ〜あ」、と小さく呟いた。







『仮病ノントロッポ』







遠く、大宇宙神星からの使いが急ぎの書類を運んで来たのは、
朝も早い、セットした目覚まし時計が鳴る三時間も前の事だった。



地球と大宇宙神星を行ったり来たりな生活。


基本、地球で過ごす時間は運がまるで無い。
ついてない、やっぱしハッキリついていない。

実生活で運の無い状態で、大宇宙神の仕事は
満足に出来るはずはなく。
当初は少しばかり地球に持ち込んでいた仕事も、
否応なしにその量を減らしていった。

書類を大宇宙神星に届けに帰った使いが、途中トラブルにあったり。
仕事用に人知れず持ちだした機械が、
謎の故障を起こして使いものにならなくなったり。

しまいには、最後に残すはサインのみ、と言う所で、
窓から飛び込んできたズブ濡れのノラ猫に
書類を見事に汚されてしまった事だってある。


・・・そんな不運が続くうち、
洋一は地球帰還中に行う仕事に対し、
神経質な面を見せる様になっていた。


仕事は出来うる限り区切をつけて。
ときには、おつきマンに押しつける形になりつつも、
極力地球で過ごす間、重要な仕事を
持ちこまないで済むようにしている。

が。
そこは何と言うか、やはり彼は追手内洋一。

予期せぬ事件が起こったり、
急ぎ判断を求められる重要書類が舞い込んで来たりする。

ちょうど、今回の様に。

一昨日の夜遅く、人知れずまた地球に戻って来たばかり。
ひとまず二週間はここで過ごす、と決めた直後に
これは無い、と洋一は思う。

少し前までの洋一なら、後ろ髪をひかれる想いで
急遽、大宇宙神星にトンボ帰りしたのだが・・・

今の彼には、ちょっとした秘策がある。
全ての緊急事態に使える訳ではないものの、
純粋なデスクワークのみならば、
これで無事済ませられる、と気づいたのだ。


自室でこっそり変身、家族に見つからない様、
隠れながらデスクワークをして。
それが無事、大宇宙神星からの使いの手に渡るまで
見届けてから変身を解く。

傍から見ればマヌケにも思える姿だが、
ここ最近の間で洋一が見つけた、
最もミスの少なくて済む方法である。

威張り顔でおつきマンにこれを打ち明けたとき、
心底呆れた顔をされたものだったが・・・。
これに気づいてからの現時点、
幸いな事に、大きなトラブルも起こさず済んでいる。

良い気になって、ますます胸をはるラッキーマンに、
おつきマンは何かを言いかけて・・・
そのまま口を閉ざした。



・・・さて今日も、と気乗りしない心にムチを打ち
らっきょビンに手を伸ばして。
口に入れよう、という所でやっと
その空模様に気がついた。

重く、厚い灰色の雲。
弱い陽の光、そして幸運の星の姿も隠した大空。

窓を少しだけ開けてみれば、
風邪は冷たく、雨降り前の独特の湿ったにおい。


「・・・仕事になんないな、これだと」

大凶状態で身動き出来なくなる自身の姿を
思い浮かべ、洋一は大きなため息をつく。


ポツリ、ポツリと降り出した雨はしだいに
本格的などしゃ降りに変わってゆき。

あ〜あ、と机に頬杖をつきながら
たまねぎ頭をかいて、

「今日は学校優先にすべきだった」

誰に聞かせるでも無い、ぼやきを口から滑らせる。


今日は、腹痛で休んだ・・・事になっていた。
前回は頭痛を理由にしたし、確かその前も同じ理由を使った。

急ぎの案件が来る度に、
時間帯によっては繰り返して来た、
洋一の仮病によるズル休み。

その度、ママに嘘をついて。
迎えに来た一番弟子に対応してもらって。

・・・とても顔を見て話せない。


こんな時、脳裏にいつも浮かぶのは決まって、
ママの心配そうな顔と、
開運札を貼りつけに来るパパの顔。

そして玄関から聞こえて来る、
あいつの心底不安そうな、落ち込んだ声。


仕事なのだ、と言えば、あいつはすぐに納得するだろう。

でも・・・洋一は何故か、
それをあまり、口に出したくなかった。





思考を遮る強い空腹を感じ、
ふと時計を見れば、・・・もう昼食時に近い。
朝ごはんも、間食も口にしていないが、
今日の休みの理由は「腹痛」で。

まさか「お腹すいた〜!」、とキッチンへ
駆け込む事など出来はせず。

「ついてね〜・・・」と、
机に額を押しつけて力なく嘆いた。


雨音にまぎれて、ぼんやりとするうちに
洋一の心のなか、今この場にいない者の姿と声、
いつか交わした言葉のやりとりが蘇ってゆく。




『大宇宙神様、お食事の時間です』

『一度にそのスケジュールを詰め込むのは、無理があります』



・・・いつも口うるさいけれど。
本当は凄く感謝してる。

体調に誰よりも気を使ってくれる
おつきマンがこの場にいたら。
きっと嫌な顔をするだろう。


そして・・・
口に出さない問いかけを、
いつかの様に表情に浮かべるかもしれない。


『今のこの生活が辛くはないのですか』、と。


洋一には分ってる。
おつきマンがギリギリまで、地球滞在中の自分に
仕事を送らない様にしている事も。
それにも限界がある事も。

確かに無理の多い生き方だろう。
辛くない、と言ったら・・・
それは嘘だ。



でも、さ、おつきマン。

ボクは、やっぱり・・・______



遥か遠くの星で自分を想っているであろう者に
心で呼びかけながら。
洋一はうつらうつらと眠りに落ちていった。




夢を見ていた様な気がする。

良い夢だったのか、そうでもなかったのか。


「お〜いお〜い!」と言う声に
叩き起こされた彼には、もう思い出せそうにない。

自分にだけ聞こえる声に呼ばれ、
ぼんやりと顔を上げれば・・・

いつの間にか雨もあがり、青さを取り戻し出した
空の真ん中で、幸運の星が輝き。

「仕事すんじゃないの〜?」、と
いつも通りの、緊張感の無い雰囲気で聞いてくる。

ぐっすり寝出した所で空も晴れて起こされて。
全く、ついてないんだか、ついてるのか。

「やるっきゃないか」

小さく笑い、幸運の星に手を振って。
洋一は眠気眼のまま気合をいれて。
今度こそ、らっきょを口に放りこんだのだった。




渡された時には顔をしかめた書類の数だったが、
改めて確認をしてみれば、そのほとんどが同じ案件に関する物で。

布団を頭の上から被り、机に向かっていた
大宇宙神は一人「ああ」、「うん〜・・・」と
唸りつつも、書類を片付けてゆく。

ラッキーな事に、この件はおつきマンと幾度か話している。
形式上必要な部分も書き終わり、
幸運の星経由で呼んだ大宇宙神星からの使いに、
書類の入ったケースを慎重に手渡した。

「じゃあ、お願いね。悪いんだけど、ちょっと急いで」

居眠りしておいて言えるセリフでは無いと思いつつ、
そっと屋根の上から覗く使いに頼む。

「了解致しました。お任せ下さい」

一礼ののち、一度顔を屋根の上に引っ込めた使いが、
・・・また部屋を覗きこんで来た。

?マークを浮かべるラッキーマンに

「あの・・・大宇宙神様。
 そのお姿はちょっと・・・。暑くはないのですか?」

使いはおずおずと、困ったように言い。
次の瞬間、青い顔で慌て出したかと思うと、
「失礼致しました!」とピュー!と
宇宙船で去って行ってしまった。

去って行った方向をポカン、と眺め、
その視線を部屋の片隅に立てかけた小さな鏡へと向け・・・
あ〜、と納得する。
何ともマヌケ顔の、コミカルなプリントの施された
布団に、全身を包んだ自分。

「これが神様じゃ、あの使いも困るよなぁ〜」と。

ポチャッとしたタケノコの様なシルエットで、
ラッキーマンは頬をぽりぽりかいた。



変身が解け、やっと布団の中から顔を出すと同時に
部屋の前、「洋ちゃん」と呼ぶ声がして。

ギ、ギリギリセーフ・・・!!と
ドアの方へと振り返ったとたん、
足が布団に絡まってひっくり返る。

ドアが開かれたと同時に見られた、
情けない姿で転んでる自分。
あらあら、で済ませるママも凄いが・・・。
やはり恥ずかしくて、顔は紅くなる。

しかし、どうにかなって良かった、と。

洋一は胸の内でホッとし、頬を染めたままで笑った。

そんな息子を助け起こし、顔色を見たママは
優しく微笑んで。
一時、廊下に置いたお盆を両手に戻り、
机の上にそっと置く。
お盆に乗せられていたのは、
色鮮やかな煮物と、おかゆだった。


味の感想を聞かせて、とねだるママの
目前で、急ぎパクつけば・・・

そのあまりの熱さに、洋一は

「ママ・・・!熱いよ、これ」

と、目尻に少しだけ、涙を浮かべて訴えた。




朝昼兼用の食事を終えた洋一が、
大きな伸びをしながら玄関先に出ると。

・・・いつも真っ先に駆けて来るはずの
大切な愛犬の姿が無い。

見れば、散歩用のリードも見あたらず。
もう夕暮れ時に近い、こんな時間に
誰が愛犬を連れだしたのだろう?と。

疑問を顔に貼りつけ振り向けば、
にこにこ顔の両親が、息子といつも一緒にいる
彼の名を口にした。

洋一は笑って、雨上がりの庭を少し歩き出す。

そしてふと、家の外・・・
玄関先の塀の、外に出た時。

いびつな形の、不自然に深さを感じる
水たまりを見つけた。


「・・・変な水たまり・・・。
なんなの、家のまん前に」


午前中は結構などしゃ降りだった。
それゆえ、道のいたる所に点々と
水たまりはあるのだが。

家の前のそれだけが、何故か目に止まり・・・
気になって仕方がない。

少し引っかかるものを感じながら、
そっと水たまりを覗きこんで。

・・・洋一の疑問はそこで消えた。

固い地面にそれでも形を残し、
いくつもいくつも刻まれたゲタのあしあと。

毎朝迎えにやって来る、柔道着姿の青年が目に浮かび____
洋一はクスッ、と苦笑する。

自称一番弟子の大事に履き続けている、
あのゲタの重さは尋常ではない。

その重量でもって、日々「ここ」にいたのだと。

水たまりの、いびつな形を
見つめているうちに・・・
肩の力が、ふっと抜けていくのが分かった。


ああ、ここはちゃんと地球の・・・

ボクの家の前だ____。



自宅前の壁に寄りかかり、目をつぶるその耳に、
聞きなれた声が風に乗って飛び込んでくる。

遠く、うさぎ跳びでやって来る暑苦しい弟子と。
その手にリードを引かれ、弟子に
「まだまだ!!」「ほら、あと少し!」と
励ましを受けながら、・・・気の毒な程に
振り回されている愛犬の姿を見つけて。

洋一は、眉を八の時に下げながら、
二つの名を思いっきり息を吸って、呼んだ。



でも、さ、おつきマン。

ボクは、やっぱり・・・______


「ここ」があるから頑張れるんだ。

カッコ悪いヒーローであっても、

たとえ、形の定まらない
いびつな神であったとしても。


何とかやってゆけるかもしれない、と思うんだ。


今までも。そしてきっと、

これからも。______





心配していたよりもずっと元気そうな、
明るく、そしてどこか嬉しそうな呼び声。

声の主を見つけた弟子は訓練を止め、
師匠の愛犬を抱き抱えて、走りだした。


一番弟子と、その両手に抱き抱えられたラッキーの。


いつもの定位置、
その横で笑う洋一の元へ___


太陽も負けそうな、満面の笑顔を輝かせながら。










   

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