黒子のバスケ 小説

□上
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いつもの部活帰り、毎日の楽しみマジバのバニラシェイクを買って歩きながら啜っていた。
日は既に暮れに傾いており、僅かばかりの肌寒さを感じた。
隣を歩く火神を見ると彼も寒いらしく、肌をさすっていた。

「こんな時期によくシェイクなんて飲めるよな」
「確かに少し寒いですけど、平気です」
とはいえ、何時もより減り具合が遅いのは明らかだ。
これは家まで持って帰るかもしれない。
そんなことをダラダラと考えながら歩いていると、横断歩道につかまってしまった。

――ふと、視界の端に誰かが映った気がした。













この横断歩道は信号が変わるのおせーんだよな、と心中で溜め息を吐く。
そんなとき、火神の耳に小さな泣き声が聞こえてきた。
その声の方へ向くと、小さな女の子が電信柱の下で、しゃがみこんで泣いていた。
一瞬声をかけようかと考えたが、もしかしたら更に泣き出すかもしれない、そう思い前へ進もうとした。
が、どうも気になる。どうしようか。
そうゴチャゴチャ考えるのは自分の性に会わない。泣かれたその時はその時だと決心し、声をかけようとすると黒子が小さな声で「ダメです」とそう言った。
「……へ?」
わけがわからず、黒子のいる方へ、後ろへ向く。

黒子は溜め息を吐きもう一度
「駄目です、声をかけちゃ」と口に指を当てながら言った。
「何でだよ?」
「…その事については後で言います。今は…」
火神の後ろでべチャリと音がした。
息を飲み、振りかえるとそこには―――

「逃げるのが先決です」

顔が半分無い、少女が立っていた。









その、血が滴り落ち続ける顔はまるで無理矢理すりおろされたかのようで。
少女は半分しかない口を開ける。
顔…無い…無いと…むか…に…ない…の…

人の、生きてる人の声では無い。続きは声には出されなかったものの、はっきりと火神と黒子の二人には伝わった。伝わってしまった。

だから

――――――ちょ う だ い






その約三秒後、人生で一番の叫び声だったかも知れないほどの大声を上げながら、火神は黒子の手を取ってその場から文字通り全力逃走した。
















幾ばくか走ると、後ろから追いかけてきていた筈の少女が、気がつくといなくなっていた。
火神は、ほっと息をつく。そしてまた叫んだ。…若干小さめに。
「ジャパニーズホラー怖ぇえええ!!!!」
「火神…君…そんなに叫んだら…見つかります…よ」
息も絶え絶えといった様子で喋る黒子。

「黒子、大丈夫か?」
「大…丈夫じゃ…ない、です」
そして、ぜー、はーと大きく息を吸い
「バニラシェイクが、大丈夫じゃないです…!」
そう、何時もより比較的大きな声で叫んだ。先程の言葉はどこにいったのか。
そんな黒子は至って本気である。握りしめられた手が震えていた。

どうやらバニラシェイクを走っている最中に落としてしまったらしい。
「え、そっちかよ!?」
つい、そうツッコミを入れる火神だが、黒子は対して意に介した様子はない。
沸々と怒りを募らせていた。
火神は黒子が少し落ち着くのと自らの心臓が落ち着くのを待ち、辺りを見回す。
そうすると幾つかおかしな点に気付いた。
人がいないのだ。
ここまで走ってきた間にも誰も、人っ子一人さえ見てはいない。
今は夕方。誰もいない方がおかしい。

それにここは…何処なんだ?

「バニラシェイクの恨みは後で晴らすとして…ここはどこなんでしょうか?」
どうやらそれは黒子も考えていたことらしい。
見覚えの全くない商店街。
店は開いているものの、中に人のいる気配は微塵もない。
黒子は何かを探すように辺りをキョロキョロと見回していた。

「何を探してんだよ?」
「ちょっと水を…」
水ならミネラルウォーターがあった筈だと火神は鞄を漁り黒子に手渡す。
「ありがとうございます、火神君」
「喉でも渇いてんのか?」

「いえ、こうするんです」

黒子はミネラルウォーターの蓋を開けると、その中に何処から取り出したのか、塩を大量に投入した。
それはもう、塩が溶けきらずに余り下の方で余るぐらいには。
「…………………」

何も言えずに無言になる火神をよそに、黒子はその大量の塩入水を手にかけた。
「火神君も手、出してください」
「あ、あぁ…」
ほぼ反射条件的に出した手にドタバタと水をかけていく黒子。
その水が半分ほどに減ったところで蓋を締めた。
「これで取り敢えずは大丈夫です」
何が大丈夫なのか、少なくとも俺の水は大丈夫じゃねぇ…な。

火神は遠くを見つめ、何かを思い付いたように鞄から携帯電話を取り出した。
身近な人物何人かに呼び出しをかけるがどれも『お客様のお掛けになった…電源が入っていないか、または電波の届かない…』と、なりつながらない。
隣を見ると黒子も携帯電話をかけていた。
やっぱりつながらないのだろうか…と考えていると

「あ、繋がりました」

マジか。

「はい、火神君に変わりますね」
「へ?…俺かよ!?」
「俺ですよ。さっき見たことを事細かに話してくれませんか?…僕はあまり見えなくて…」
そういえば黒子からは先程の様子は死角だったのかもしれないな、と一人納得し黒子の携帯電話を受け取った。

『やあ、久しぶりとでも言えばいいのかな?』
電話越しから聞こえてきたのは、俺が若干、鋏恐怖症(トラウマ)になった元凶の声だった。
「…一応そうなるな」
同年代の降旗は完全にトラウマになっていたことを思い出す。
正直積もる話は山程あるが、取り敢えずは置いておく。

それからの会話は半一方的なものだった。
ついさっきの思い出したくもない記憶を掘り出しながら、話していく。
話終えると
『なるほどね…、後で掛け直すってテツヤに伝えてくれるかな』
…疑問符がついていなかった。
そして火神は了解の意を伝えると通話を切った。
にしても、電話越しの声が徐々に低くなっていたような。

「終わりましたか?」
「ああ。なんか後で掛け直すって言ってたな…それとちょっと怒ってるっぽかったけど黒子なんかしたのか?」
黒子は僅かに目を泳がせ、わざとらしい咳払いを一つした。
「…取り敢えず、赤司君から電話が掛かってくるまで移動しますか?」
「ま、そうするか。暇だしな」
黒子の提案に火神も頷き、二人は無人の商店街を歩き出した。


火神は黒子も怖がることがあるんだな、と内心で苦笑した。







そんな二人の近くで、ひたりと小さく水が滴り落ちた。

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