黒子のバスケ 小説

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屍体の中には一部突然変異したものがいる。
それらは総じて身体能力が高く、生命力も一般的な屍体とは比べ物にならない。中には唯一の屍体の欠点である動きの鈍さがない、素早い屍体すらいるらしい。

つまり、突然変異種にあった場合は何に置いても逃げなければならない。この世の常識である。




「…あの屍体、何か赤くないッスか…?」
黄瀬が数十メートル離れた位置にいる屍体を指差して何気なく口にした。
黒子も赤い屍体など初めて見るのもあり、目を見開いた。

「…確かに、変わってますね」
見える辺りにはその屍体しかおらず、しかも数十メートルも離れているために黄瀬と黒子は油断していた。

赤い屍体が黒子達の方をぎょろりと見たのだ。
異常な光景には随分慣れた黒子達ではあったが、真っ赤な屍体に言い知れぬ警戒心を抱かずにはいられなかった。

直後響いた地面を蹴る音。

最初黒子は黄瀬が走り出したのかと思った。
…だが、違った。
屍体が走り出したのだ。
暗い窪みは黒子達を見据えたまま、屍体が素早く地面を蹴る。
「…は、…え?」
黄瀬は己の目が信じられなかった。
屍体と今まで不利ながら人間が戦ってこられたのは、屍体の鈍さゆえだ。

そのアドバンテージが今、無くなった。

「…っ!!黄瀬君…!逃げますよ」
いち早く我に返った黒子が黄瀬の手を引き、走り出す。
屍体の息遣いをすぐ後ろで感じる。
赤い屍体が近くに来た故にわかったことが、一つあった。
赤い屍体の手には黄瀬が持っていたナイフほどの長い爪が伸びているのだ。
あれで軽くでも引っ掻かれたら終わりだ。


***

黒子は一旦急停止し、鎖を横一線に振った。太い鎖が脇腹に当たる。
一瞬ぐらりとふらついたが、止まらない。
「…全く効いてないですね…」
素早い動きが全く鈍った様子がない屍体。
これが通常のものならば、脆い屍体の骨の一本や二本は折れるのだが、どうもそう簡単にはいかないらしい。
辺りには騒ぎに気がついた他の屍体が徐々に集まり始めていた。

「最悪…じゃないッスか…」
黄瀬が引きつった顔で呟く。
一メートル近いリーチがある黒子と違って黄瀬は接近戦で相手をする必要がある。
そういう意味で言えば赤い屍体は最悪の相手と言えた。

確かに赤い屍体は速いが黄瀬程ではない。撒けなくはないだろう。だが、黒子には難しい。途中で追い付かれる。
それでは駄目なのだ。
少なくとも黄瀬にとっては。

忙しく周りに視線を巡らせる黄瀬。
何か、何か、戦況を変える何かを探していた。




「…黒子っち」
そして見つけた。

屍体を牽制していた黒子が振り返る。何時も通り無表情ではあったが焦りが滲み出ていた。
このままじゃ黒子も黄瀬も、確実に死ぬからだ。
「…」
黒子は黄瀬の目を見て押し黙った。
代わりにこくりと頷く。
獲物を仕留められない赤い屍体が苛立ったように唸り声を上げる。黒子は鎖を握り叩き付けた。
無骨な鎖と共に、踊るように舞う。

今、黒子に出来るのは死なないことと、屍体に黄瀬の邪魔をさせないことだ。







黄瀬はナイフを片手に持ち、走り出す。
狙うは辛うじて元が警察官だったことがわかる屍体だ。
屍体の腰に拳銃が差してある。
弾は無いかもしれない。
だが、試してみるしかないのだ。

駆けながら的確に屍体の首筋を裂いていく。
体の直ぐ真横を屍体の降り下ろした腕が通り過ぎる。
脳のリミッターを失った屍体の力は、軽く黄瀬の頭を砕くことが出来るほど強い。

「……っ、はー…」
冷や汗が背筋を伝う。
ナイフを持ち直して足に力を込める。
警官姿の屍体の背後に回り込み、首にナイフを突き立て思い切り裂く。
呻き声を上げながら、赤黒い固まった血が首筋を流れていった。
死んで血が固まり、酸素が巡らなくなるとこうなる。
崩れる屍体の腰から拳銃を抜き取った。
銃弾は、一発残っていた。




少し離れた位置にいる赤い屍体に銃口を向けた。
黄瀬の手が震える。
もし、この一発が外れたら。
もし、黒子に当たりでもしたら。

もしもを考えずにはいられない。




震えを抑えるために黄瀬は両手を添えた。









ーーやるしかない。

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