戦国BSR|刻が二人を離つまで

□刻が二人を離つまで|春
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「……それでね、小十郎…」

まるで春の陽だまりのように、優しく包み込む笑みを湛えながら郁は小十郎に話を続ける。


「郁姫様…お話の腰を折って申し訳ありませんが、このようなところに来られずとも、御用とあらば私が姫様の元まで参りますのに」
畑で牛蒡の種蒔きに勤しむ小十郎は困惑した表情を浮かべる。あまり親しくしている姿を誰かに見られると何を詮索されるか分かったものではない。


「迷惑だったかしら?」
「いいえ。ただ他の物に見られると…いえ、畑に来られますと御召物が汚れてしまいます故、申しております」
「夜でもあるまいし…それに着物が汚れるのなんて気にしてないわ」
「畑は足元も悪うございます」
「どうてってことないわ。これくらい大丈夫よ」


土手に屈んでいた郁はすくっと立ち上がり、その言葉を証明しようと畑に一歩足を踏み入れた。
が、しかし若干の高低と硬軟に足を取られて体勢を崩した。


「あっ!」


郁がそう声を上げるや否や、咄嗟に走り寄り腕を伸ばした小十郎が、寸でのところで倒れかけた身体を受け止め事なきを得た。


「……ですから申し上げましたのに…」
頭上から降りかかる溜息混じりの声に申し訳ない気持ちと、思いもよらず陥った状況の恥ずかしさも相俟って郁は小十郎の胸元に頭を埋めたまま顔を上げることができない。


「もしや、お怪我をされましたか?」
「いえ、大丈夫…」
ゆっくりと頭を上げ小十郎の顔を見ると、そこには郁の言葉に心底安堵した表情があった。

「以後、お気を付け下さい」
「ごめんなさい…」


小十郎の腕に身体を支えられたままの郁は現状を気恥ずかしく感じていたが、ふと鼻孔を掠めた温かい香りに再びその大きな胸に顔を埋めた。

「いかがされましたか?」


やはりどこか怪我でもしているのではないかと焦った小十郎だったが、その郁の行為はそれとはまったく違ったものだった。

「土の匂い…それとお日様の匂いもするわ…優しくて温かくてとてもいい香りね…」
郁のか細い身体を包み込む大きな胸板は、天高く燦然と輝く日の輪よりも心地よい温もり。
その香りに鼻を寄せ、郁は心地よさそうに呟く。


「汚れてしまいます…」
そう言いながらも無下に郁の身体を引き剥がすこともできず、小十郎は困惑していたが、悪い気などまったくしなかった。
郁から感じる熱、香り、音色、すべてが小十郎を至福へと誘う。


そんな愛おしい人の姿を見ていると思わず背中に回してしまいそうになる両の腕だったが、小十郎は態とらしく難しい表情を作って郁を促した。


「さぁ、城へお戻りください」
「……うん」



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