戦国BSR|刻が二人を離つまで

□刻が二人を離つまで|春
1ページ/1ページ


しかし、首を縦に振りながらも動く様子を見せない郁に小十郎は眉をひそめる。
「足を痛められましたか?」
小十郎の問いかけに郁は小さく頷いた。
「しょうのないお人ですね」
少し呆れたような、それでいて優しく温かみのある言動。小十郎は郁の前に屈み、背を差し出す。


「城までお連れ致します」
「おぶって?」
小十郎の言葉に困惑するのは郁だった。誰かに見られてあれこれ詮索されるのは困ると言っている小十郎がおぶって城まで連れて帰るというのだから。
「えぇ」
「でも誰かに…」
「それとこれは話が別にございます。お怪我されているのでしたら仕方ありません」
冷静な小十郎の声に郁は「うん」と呟くように答え、差し出された大きな背に身を預ける。



郁の細い身体を背に抱き、小十郎は軽々と立ち上がり城へ歩を進める。


首元に回された美しい腕は血生臭い戦場を知らぬ穢れのない白。
このような麗らかな姫君に己の慾を押しつけてもいいものかと悩むことも暫しある。それでも誘惑に敵わないのが悲しい男の性というものなのだろうか。

「小十郎におぶってもらうなんて何年ぶりかしら…」
小十郎の内に渦巻く蟠りを知る由もなく、郁は幼き日の事を懐かしむ。


「…そうですね。以前はよくこうしておりましたが…」
「兄様と城を抜け出して野山に遊びに出ては、よく怪我をして小十郎におぶってもらっていたわね」
「あまりにお転婆で心配ばかりさせられておりました」
「小十郎が来てくれるって信じてたもの」
「そのように私ばかり頼られても…」
「困る?」
「…いえ、そのようなことは…」


愛しい郁に頼りにされ困ることなどない。むしろいつまでも頼られ、郁を守り続けたいほどだった。それでも内に抱える蟠りが言葉を続けることを許さない。


「さぁ着きました」
城の離れ座敷の廊下に郁を降ろし、小十郎は水桶を持ってくるよう下女に命じる。


「もう大丈夫よ」
「いいえ、そういう訳には参りません」
下女から水桶を受け取ると小十郎は「失礼します」と断り、郁の着物の裾を捲って足を取ると、遠慮なく冷水の浸る水桶に痛む足を入れた。
「冷たい…」
「冷やせば痛みは和らぎます」
水桶に浸かる白く柔らかな足。小十郎が視線を上げると微笑むような表情を湛えた郁の顔が目に入る。


「小十郎は私が痛いと言えば昼でも夜でも来てくれる?」
「はい。参ります」


木漏れ日のように優しい笑みの中に潜む甘美な誘い。
愛らしい姫君はいつしか愛しい人に変わってしまった。


小十郎は伊達の家臣であるという立場上、その行く末に不安を隠さずにいられずにいた。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ