戦国BSR|刻が二人を離つまで

□刻が二人を離つまで|夏
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炎天の下、眼を射るような金色(こんじき)の輝きに空は水色を描く。
何をせずとも流れ落ちる汗はとても気持ちの良いものとは言えず、時折吹き込む薫風に涼を求めるような日々だった。


微睡(まどろ)む視界を切り裂き灼きつくすかのように、告げられた言葉の衝撃は大きく計り知れない。


そして、いつしかの感じた得体の知れない不安はこの時、明瞭となった。
「それは真にございますか?」
片倉小十郎は己の耳を疑った。


険しく眉間に皺を寄せ、今し方耳にしたことは空耳であって欲しいと身勝手な願望を抱いた。
だが、上座で片膝を立てて座する主君伊達政宗は、止(とど)めとも言うべき言葉を投げつける。


「あぁ、もう向こうには話をつけてある」
脆くも崩れ落ちる僅かな願い。言葉にならない苦々しい思いを腹に、小十郎は奥歯を噛みしめた。
「お言葉ではございますが政宗様、この奥州を平定する伊達の姫と、武田の一家臣にすぎない真田とでは家格が違い過ぎるかと…」
「shut up!」
政宗の怒号が何十畳ともあろう部屋に響き渡り、小十郎は息を飲んだ。


「じゃぁ小十郎、お前は武田の嫡男が相手なら文句ねぇってのか?」
「そちらの方が郁様にとっても伊達家にとっても体裁がよろしいかと思います」
「体裁だぁ?それが本当に郁の仕合せだと思うか?」
主君の問い詰めに小十郎は押し黙ってしまう。


「俺が郁にしてやれる事って言ったらこれぐらいしかねぇんだ。郁が少しでも仕合せでいられるようにしてやるのが俺の務めだと思ってんだ」

腹は違えども政宗は妹の郁を、唯一残された身内として取り分け大切にしていた。その溺愛ぶりは小十郎もよく存知するところだった。

そして政宗は小十郎の複雑な心境も理解していた。


「小十郎、お前が郁を娶ってくれるってんなら話は別だがな」
「滅相も御座いません。主君の妹君を娶らせて頂くことなど私にはできません」
忠誠心に厚い小十郎の心情をもってすればそれは当然の答え。だが政宗は全てを知っていた。


「なら、何で郁を抱く?」


「それは…」


矛盾しているのは重々承知の上。過ちだと分かっていながらも募る気持ちを抑えることなど到底出来ぬことだった。武人として家臣として有るまじき行為だと思いながらも幾夜も郁と深く交わったのは事実。


政宗に何を言おうとも聞き苦しい弁解にしか過ぎない。小十郎は「申し訳ございません」と答え、ただ頭を深く下げた。


「俺は別に怒ってるわけじゃねぇ。郁も小十郎も互いに想い合ってのことならそれでいいと思ってんだ」
予期せぬ政宗の言葉に小十郎は目を見開いたが、矛盾した己の行為に頭を上げることはできずにいた。
「本気で言ってんだ。郁を貰ってやってくれねぇか?」
「いいえ、それは…」


愛する妹だからこそ、その仕合せは誰よりも強く深く願っている。できることならば政宗はこの片倉小十郎に愛する妹を娶らせたかった。
互いを想い合う二人の心中を知る政宗はそうするのがいちばんの得策だと思っている。
だが、小十郎は政宗の再度の申し出も辞した。


理由は至極単純。
小十郎は余りにも差のある身分の違いや、たかが一家臣にすぎない自分とでは郁を仕合せにはできないと。


ならばなぜ、幾度も郁を求め続ける。
自問自答したところでそう易々と答えの出る事ではなかった。
できることならば心底想い慕う相手と添い遂げたい小十郎だったが、政宗に対する固く揺るぎない忠誠心が小十郎にそう答えさせた。


「先程は出過ぎた事を申してしまいました。
郁様のお輿入れ、大変喜ばしいことと存じます」
小十郎は政宗に頭を下げ、その部屋を逃げるように後にした。


「すまねぇ小十郎…」
政宗もまた苦い思いを抱いては、小十郎の去った部屋で小さくそう呟いた。



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