戦国BSR|刻が二人を離つまで
□刻が二人を離つまで|秋
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紅や山吹の色に染まりつつある山々。
穏やかな小春日和に恵まれた今日、若葉城では今まさに嫁がんとする郁の姿があった。
「入るぞ郁」
政宗が離れ座敷の障子戸を開けると、出発の時を待つ郁が静かに座っている。
「兄様、今まで親代わりとなり私を育てて下さったこと、感謝いたしております」
敷居に立つ政宗に深々と頭を下げ、そう告げる郁に対して政宗は笑う。
「畏まって何を言うかと思えば…郁は俺にとっちゃぁただ一人の血を分けた肉親だからな…」
愛しい妹を手放すとなると、物悲しくもあるが、政宗はそれを口に出すことも顔に出すことも無かった。
「郁、アイツに嫌気が差したら、構わねぇからいつでも戻って来い」
「兄様ったら。今この時より私は真田幸村様にこの身を捧げるのです。何があっても奥州へは戻らない覚悟で嫁ぐのですから、そのようなことを仰らないでください」
「ったく、郁をアイツにやるのが勿体ねぇ。そうだ郁、散々我儘でも言って精々真田幸村を困らせてやれ」
「ですから兄様。私は幸村様の支えになるのですから、くだらない事を仰らないで」
二度も妹に窘めれ政宗は「はいはい」と生返事を繰り返した。
「……兄様、くれぐれも無茶はなさらぬように。それと、いつまでも元気でいて下さいね」
「馬鹿か、今生の別れでもあるまいし。そのうち暇でもみつけて上田に行ってやるよ」
茶化した言葉とは対照的に郁の髪を撫でる政宗の手は優しく温かい。
「駕籠のご用意ができました」
二人の元へ小十郎が現れる。
「小十郎、今までありがとう。小十郎がいてくれてどれだけ救われたことか…本当にありがとう」
「それではお元気で…」
政宗の傍らで跪いたままの小十郎に穏やかな笑みを向け、その言葉を最後に郁は籠へ身を移す。
思い出は時期降り積もる雪に埋もれ、やがては雪解けの水となって流されるだろう。
過ぎ去った日々をこの地に置いて郁は旅立った。
もう二度と儚い夢など見ることもないだろう。
どうか、どうか、仕合せにおなり下さい。それが唯一、私の願いにございます。
そして、ようやく、脆く淡い夢は幕を下ろした。