薄桜鬼|short

□僕の可愛い仔猫
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屯所の庭掃除は私の務め。

今日も朝日を浴びながら、箒を握ってせっせと掃除に勤しむ。


道場から騒がしい声がこちらに近づいてきたかと思うと、稽古を終えた皆が戻ってきた。

井戸を取り囲んで顔や身体の汗を流すのはいいのだけど、遠目であっても私の視界に皆の裸が入るのが気恥ずかしくて、俯きながらさっきよりも素早く箒を左右に振っていた。


皆は私がここで掃除しているのなんて気にならないし、いることすら気づいていないかもしれないけど…


「アレ総司。その背中の傷…」

平助君が沖田さんの背中に小さな傷が幾つかあるのに気付いたようだった。

「あぁ、これ」

沖田さんは微かに口元を緩めて、舌の先をちろりと見せて一瞬私に視線を向けた。


無償に逃げたくなった。

だって、その傷は昨晩私がつけたものだから。

善がり声を上げて、沖田さんに縋って、思わず無意識のうちにつけてしまった私の爪痕。

不意に思い出して、私は顔から湯気がでそうなくらい真っ赤になってしまった。

この場に居づらくて。

一刻も早く逃げたくて。


「総司、お前も隅に置けねぇな」
左之助さんがにやにや笑いながら言うと、新八さんも「俺に黙って」と沖田さんに絡んでいる。

意味を知った平助君は顔を真っ赤にして驚くし、斎藤さんはいつもと変わらない無表情だけど…


あぁ、なんて居心地が悪い。

周囲には悟られないよう必死なのに沖田さんったら。


「可愛い仔猫がいるんだよね。でも可愛がりすぎて引っ掻かれちゃったけど」

そう告げた沖田さんが、ちらりと視線を向けて意地悪く笑ったように私には見えた。


一通り掃き掃除を終えた私は、箒片手に逃げる用意はできていた。

「あ、郁ちゃん。あとで僕の部屋にお茶淹れてきてよ」

心臓が飛び出そう。

どうして、こんな状況で私に声かけるの。

動揺している私をからかって楽しんで。沖田さんの意地悪。


「はっ、はぁいっ!!」

内心そう叫びながら、私は上ずった声で返事をして逃げ去った。







そういう態度が余計怪しまれるってどうして気付かないんだろ。郁ちゃんは。

あぁ可愛い。可愛くて仕方ない。

でも可愛いからいっぱい虐めたくなっちゃうんだよ。


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