薄桜鬼|short
□最愛
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試衛館での稽古の後、怪我だらけの総司を連れ帰った俺に郁はそっと茶を出した。
「トシさん…私…トシさんの事…」
縁側の俺の横に座り、頬を染め、とても恥ずかしそうに、郁が何を言わんとしているかは察しがついた。
「悪りぃが俺はあんたのことなんか何とも思っちゃいねぇ」
「たくさんの中の一人でもいいの…」
「それでもあんたはいらねぇ」
我ながらなんて酷い男だ俺は。
湯呑を置くとすぐさまこの場を立ち去った。郁が涙を流していると気付きながらも、薄情なまでに背を向けて。
「トシさん…」
郁が涙交じりに呼んだ微かな声が耳について離れない。掻き消そうと名も知らない女を抱いたところで、忘れられるはずもなく心はより一層澱むばかりだった。
◇
廊下を歩いていると、近藤さんの部屋の前に、臥せっている総司以外の幹部連中が山のように折り重なって、障子の隙間から中を覗く姿が嫌でも目に留まった。
こういう場に斎藤までいるのは珍しいが、みっともないこいつらの姿に自然と眉間に皺が寄る。
「お前ら何してんだ」
まったく俺の気配に気づかなかったのか、みんながみんな俺の顔を見るなり驚き、体勢を崩して近藤さんの部屋になだれ込んだ。
馬鹿か、こいつら。
そう呆れたのも一瞬。
近藤さんと向かい合っていたのは総司の姉、郁だった。
「おぉ、気になれば覗いてなんか居ないでみんな入ってくればいいだろう。郁さんと会うのも久しぶりだろうし」
何故か俺まで一緒に覗いていたかのように言われているが、俺はさっき通りかかっただけでまったく無関係だ。
「ゆっくりして行ってくれ」
「はい」
そう言い残すと俺は早々とこの場を立ち去った。
微笑む郁の顔が相変わらず美しく、俺はまたあの時のように惹きつけられた。
自分の本音を押し殺してまで振った女が、また目の前に現れたかと思うと容易く揺らいでしまう心が何とも情けない。