薄桜鬼|short
□親愛なる…
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「郁、愛してる」
抱きしめられた温もりが離れていくのが寂しくて、けれど溢れだしそうな涙を必死で堪えた。
「必ず郁を呼んでやる、それまで待ってろ」
その言葉と共に私を仙台に残して、土方さんは蝦夷へと発ってしまった。
本当はついて行きたかったのに、こんな時だけ聞き訳の良い女を演じてしまって後悔ばかりが募る。
土方さんからの文を待ちながら、思い出ばかりに縋り日々を過ごす。
「もう、土方さんの分らずや!!」
「忙しいって言ってるだろ!」
「一日何も食べてないじゃないですかっ!少しは食べなきゃ倒れてしまいますよ!!」
執務に忙しいからと、部屋まで運んできた夕餉を取ろうとしない土方さんを心配するあまり、声を荒げてしまう。
「五月蠅い。あっち行ってろ」
「土方さんの聞かん坊!!」
「ガキと一緒にすんじゃねぇ!」
「そういうところが……」
どちらも子供のように不毛な口喧嘩を繰り広げていたら、私は突然倒れてしまった。
「おい、郁、郁!!」
私を呼ぶ土方さんの声が次第に遠くなる。
どれほど過ぎたか分らなかったが、障子の向こうから差し込む光が眩しくて目を開けた。
視界に広がるのは知ってるようで知らないような天井。
懸命に記憶を手繰りよせると、土方さんと口喧嘩をしていたところでぷつりと途絶えた。
そうだ、倒れたんだった。
土方さんの部屋で。
額に違和感があり、手を寄せると温く湿った手ぬぐいが置かれていた。
ふと横を見ると、胡坐をかいて腕組みをして眉間に皺寄せた土方さんが眠っている。
一晩付きっきりで側にいてくれていた。
こなさなければいけない仕事が山ほどあるというのに。
「ありがとうございます」
「何だ、気付いたのか?」
「土方さんの貴重なお時間を割いてしまったみたいで…」
「気にするな。仮眠だ、仮眠。そんなことより、郁は熱があるみてぇだから寝とけ」
「…はい」
再び文机に向かった土方さんの背を見つめながら、私は不器用な愛情を噛みしめる。
「土方さん…」
「あぁ、何だ?」
「好きです」
「うるせぇ、知ってる。俺もだ…郁」
「はい」
土方さんは面と向かって口に出すような人じゃないけど、真っ赤になった土方さんの耳を見ると思わず笑いが零れた。
だから、胸の内で叫ぶ。
愛していますと。
待ち侘びて、待ち侘びて、待ち侘びた、文が一通、私の元に届く。
けれど、それは私が望んでいたものではなかった。
知りたくもない真実をつきつけられ崩れ落ちる。
「土方さん、土方さん、」
言葉は掠れて涙と共に止め処なく流れる。
「もう一度…名前を呼んでくださいっ…土方さん」
「誰よりも土方さんを愛していますっ…」
声を上げ、泣くじゃくり、何度も最愛の人の名を呼んだ。
土方さん、土方さん。
ごめんなさい、もらった愛に答えきれなくて。
ありがとうございます、こんな私を愛してくれて。
言葉にすればするほど、涙へ変わり伝えられない。
次に命が巡り合うときまで…
「永遠に愛してします」