薄桜鬼|short

□可愛いお方に謎かけられて
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肩入れしすぎだとか、体よく遊ばれてるだけだとか、島原の女相手に本気になるなとか散々言われた。
お前らの言う色恋とは違うとどれだけ説明したか分らない。
どれだけ笑われようが俺は構わない。
決してお前らみたいな、廓で女を買うような世の男どもとは違う、俺は純粋で穢れのない感情を持ってここに居る。

「どうぞ、永倉はん」
「あ、あぁ…」
空になった杯に酒を注ぎながら柔らかな笑みを浮かべる郁に、俺は不器用な笑顔を作って返すしか出来ずにいた。

初めてこの見世に遊びに来た時、郁は君菊付きの新造だった。
三味線も踊りも熱心に稽古を積んでいたようで、他と比べても格段に上手い。
郁は年の割に幼さの残る面持ちで、愛らしい笑顔に器量の良い娘ときたもんだ。

勝手だが、そんな郁のことを妹みたいに思って接していた。
だからこそ水揚げを終えたと聞いた時は余計に動揺してしまった。

「どうかしはりました?永倉はん」
子犬のようにつぶらな瞳で覗きこんで俺を気にかけてくれるが、そんな顔を見せられて俺はそれどころじゃない。
「いや、何ていうか…知り合ってそんなに長い訳じゃねぇけど、何か新造だった郁がもう水揚げ済ませたって聞いた時は驚いたって言うか…」
「せやからこうやって永倉はんと二人でおることもできるんどすえ」
艶のある笑みを見せ、郁は俺の手をそっと握る。

「俺、郁のことずっと妹みたいに思ってたから…」
「うちは前から永倉はんのこと男や思とります」

島原の女なんだから俺を男として見るのは至極当然のことだった。

けれど、妹分だと思っていた郁に女の部分が垣間見えると、俺は困惑してしまう。

艶めく紅色の唇。
白く細いうなじ。
鮮やかな着物の合わせから覗く胸元。

郁の所作一つ一つに女を感じてしまうと、俺だって男だ。じっとしていられなくなる。
俯き己と葛藤しながら両の拳を戦慄かせ、唇を噛みしめる俺の姿に、郁は不安げに俺の名を呼ぶ。
「永倉はん、そんな怖い顔せんといておくれやす」
「別に…怖い顔なんかしてねぇ…」
そう言ったきり俺は黙りこくってしまう。

「そや、永倉はん、これ分ります?」
さほど酒も口にせず、ましてや行為に及ぶ素振りは一切見せず、硬くなっている俺を解すつもりなのか、郁は唐突に謎かけを尋ねてきた。

「道で九両拾ったという人がおるので、「嬉しいでしょ?」 と声をかけると「全然」と不満そうに答えた。 しばらくしてその人がまた一両拾ったというので「嬉しいでしょ?」と声をかけると、今度は「とても嬉しい」 と答えました。どういう事か分らはります?」

「あっ、あぁ…そうだな…うーん」
郁が子供のように無邪気な顔をして尋ねるもので、俺も腕組みをして真剣に考えた。
「あっ、その金落としたのがそいつ自身で、全部で十両落としてっから、最初に九両拾っても嬉しくなかったんじゃねぇのか?」
「なーんや、当たりどす」
自信があったのか、正解した俺に郁は詰らなさそうに唇を尖らせた。

「新撰組舐めんじゃねぇぞ!」
「別に舐めてなんかいまへん。ほな、次はとっておきやから難しおすえ」
「おぅ、かかってこいや!!」
「いきますえ…」
郁に上手く乗せられたというか、さすがは廓の女というか、さっきまで岩のように硬かった俺はどこへ行ったんだ。
いつものように、郁と向き合い目を見て接していた。

「雨の日に相合傘の恋仲の男と女が喧嘩別れをしました。一本しかない傘は男と女のどちらが持って行ったでしょう?」
おっと、これは予想外に難しい。
郁はどうだと言わんばかりの顔をしている。


「うーん…うぅーん…」
頭を捻り悩んでみるが、呻り声しか出てこず。
「難しおすやろ?」
そんな俺を郁は嬉々とした顔で覗きこむ。
「すぐに答えたら面白くねぇだろ、焦らせてんだよ」
「素直に分らんて言わはったらいいのに。強情なお人どすな」
「うるせぇっ!!」
妹分の郁が上手のような気がして、みっともなくも俺は声を張り上げた。

「いややわぁ、永倉はん。そんな大声だしはって」
「ったく、何だよ」
不貞腐れた俺は酒を煽る。
「答えは"男"どす」
「はぁ?何でそうなるんだよ」
先程まで雫程度しか口にしていなかった酒をもう一口。杯を傾けて喉に流す。
そんな俺を見て、くすくす笑いながら郁はそっと耳打ちした。

「男が挿して、女が濡れるんどすえ」

まるで殺し文句のようだった。
俺は郁の腕を取り、その身体を押し倒してしまった。
郁は驚いたように瞳を何度も瞬きさせながら俺の顔を見る。

「永倉はん、そんな怖い顔せんといて…」
切なげに見つめては俺を呼ぶ。
俺は今、どんな顔して郁を見てんだ。
そんなに怖い顔なのか…。

「郁、お前な…大人からかうのも大概にしろよ」
「うちかて、もう子供とちゃいます。大人の女どす」
「俺にとって、郁は…郁は…」
「妹として扱うんは堪忍しておくれやす。うちはずっと永倉はんを男として見とりました」
「今更…俺は…」
「永倉はんが他の姉さん方抱いてはんの死にそうなほど辛おした…」

今にも泣き出しそうに郁の瞳はゆらゆらと揺れていた。
郁の言葉に俺は奥底に秘めていた感情が蘇える。

廓の女である以上いつかはどこかの男に抱かれることは分っていた。
けれど、あまりにも愛らしく大切な郁をこの手で汚すようなことはしたくなかった。
そう心に決めた筈なのに、だから他の女を抱いていたというのに…

「永倉はん…」
「新八だ」

「新ぱちは…んっ」
押し殺していた想いが堰を切ったように溢れ出す。

掴んでいた郁の腕を解放してやり、すぐさま腰に手を回して繻子の帯に手を掛ける。
謎解きよりも、こっちの帯を解くのがこれほど難解だとは思いもしなかった。



あれ、結局俺も世の男どもと同じか?
いや、違う。絶対に違う。
郁を想う気持ちは誰にも負けねぇ。


可愛いお方に謎かけられて 解かざなるまい 繻子の帯


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