薄桜鬼|short

□ぜんぶ、ぜんぶ、君のせい
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それは僕の心を激しく掻き乱すだけだった。
あぁ苛々する。


どうして僕の部屋にいるのさ。
どうして僕の隣にいるのさ。


とっとと僕の前から消えてよ。


もう会わなくていいと思うとせいせいしてたのに。




「僕は近藤さん達と京に上る」
「うん、そう」

あの時、唐突に告げた一言にも郁は顔色一つ変えず笑っていた。


「僕のことなんて忘れて適当な男のことに嫁げばいいよ」
「…まさか総司の口からそんな言葉聞くなんて思わなかった」

ほら、またいつものように笑う。
もしかして冗談だと思ってるの。
本気で言ってるのに。



僕がどんなに意地悪を言っても怒りもせず、泣きもせずにヘラヘラ笑ってばかり。

意地になって郁を怒らせてやろうとか泣かせてやろうとか思ってあの手この手を試したりした。


ところが、捻くれた僕の意地の悪さが災いしたのか、功を奏したと言うのか、甘い言葉の一つでも囁いて狼狽するところを見れればそれでよかったのに、馬鹿正直に郁は僕の言葉に惑わされ、気付けばいつしか僕と郁の関係は男と女のそれになっていた。



「第一、郁のことなんて何とも思ってなかったんだよ。遊び相手にちょうど良かっただけ」
「そう。初めて聞いた」
「初めて言ったんだよ」


僕がどんなに辛辣な言葉を浴びせても、郁は顔色一つ変えないで笑っていた。

あれが最後だと思っていたのに。




「で、何しに来たの?」

「近藤さんに文を託ってきてるのと…あとは総司の顔を見たくて来たの」


相変わらずへらへらと馬鹿みたいに笑いながら、わざわざ京まで訪ねてきた郁を見ているだけで、こっちは無性に腹が立つ。

病に倒れてからは思う様に新撰組の隊士として、近藤さんの役に立てなくて、ただでさえ歯痒く思っていると言うのに。


「ふーん、僕は郁の顔なんて見たくなかったけどね」

「いいの、私が勝手にそう思って来ただけだから」


「僕は吉原で楽しく遊ぶんだから、さっさと帰ってよ」

「うん、もうすぐ帰る」



あの時も今も郁は僕を咎めることなんて一切しない、ただ笑っているだけ。



「…だから嫌い…郁なんて」

「私も…総司なんて嫌いだった」


郁なんか、郁なんか。



「病のこと聞いた…」

「へぇ、そう」

きっと近藤さんが話したんだろう。


「痛っ…」
きゅっと僕の頬を抓る郁。


「近藤さんの足手まといとかって悩んでるんだったら、病を治すことに専念すれば?」

郁の表情は先程までとは打って変わって凛としたもので、僕は思わず目を見張る。


「回復しないことにはいつまでたっても近藤さんの…新撰組のお荷物になるんじゃない」

「分ってるよ…そんなこと言われなくても…」


正論を突きつけられた僕は、放された頬を擦りながら、唇を尖らせた。

これじゃぁまるで僕が子供みたいじゃないか。


「そうね、近藤さんの隣にいたくて、近藤さんの役に立ちたくて、何があっても挫けないで必死にやってきたんだもんね。総司は」

「知った風な口、聞くんだね」

「だって知ってるから」


郁はずっと僕の隣にいたから、だから僕を知っている。

きっと、こんな子供みたいな僕の本音だって見透かしているんだ。


「ほんと、嫌い」
「私だって…」

そう言いながら柔らかく笑う郁に言葉を失う。


「…もっと塞ぎこんでるのかと思ったけど、意外と元気そうでよかった」
よいしょと腰を上げる郁。


「臥せっていればよかった?」

「だとしたら看病してあげたのに」

「そう…じゃぁ…」


障子に手を掛け、今まさに出て行かんとする郁の手を力任せに引き寄せた。

僕の腕の中に収まる郁の身体。


「看病してよ」


「さっさと帰れって言ったじゃない。吉原行くんでしょ」


「言われたとおりにされると無性に腹立たしい」


「相変わらずの天邪鬼」


「郁が悪いんだよ」


ぜんぶ、ぜんぶ郁のせい。
郁が僕を乱すから、郁なんて。

大嫌いだ、った。


「総司なんて大嫌いだった…」

「僕だって郁のこと…」


嫌いと思えば思うほど、心と身体は強く郁を求める。


「郁のことなんて…大嫌いだったのに……」


言葉とは裏腹に郁を抱きしめてしまう。

ここから、離れようとする郁を僕の傍から離れないようにと。



でも今更好きだなんて言いたくない。

だって負けを認めたみたいで嫌だから。


「痛い…総司」

「態とだよ」


抱きしめる腕に力を籠めて、初めて見る郁の不満そうな顔に満足した。


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