GK|short

□振り出しに戻る、負ける気はしない
1ページ/1ページ


「おばちゃーん、コロッケ1個ちょうだい」
「あいよ」

1個150円。
商店街の精肉店のコロッケ。

この揚げたてのコロッケが人気だった。
10年経った今でもそれは変わらないらしい。

「はい、コロッケ、1個ねっ……て、誰がおばちゃんだよ。オッサン」
そう手渡された、コロッケはキツネ色にカラッと揚がったばかりの熱々。

「あっちー」
齧りながらポケットから150円を手渡すと、俺の前に居た店員は肉屋の看板娘。

うん、多分…今も娘?

「よっ、」
「うっわー」

「久しぶりに会った奴に対して"うっわー"ってなんだよ」
「久しいにもほどがあるわよっ」

「今、いい?」
「あ、えーっ…お父さん、ちょっと店番お願いっ!!」
店の奥にいる親に店番を頼むと、アキヲはエプロン姿のまま俺の前に現れた。


ふらふら歩きながら10年ぶりの街並みを見ながらアキヲと10年ぶりに会話する。

「俺さぁ、ETUの監督すんの」
「へー」
「驚かないの?」
「驚いてる」
「そんな風に見えないけど」
「もう何を言われても、あの時ほど驚くことなんてないし」
「あの時ねー」

俺がアキヲから離れた10年前。

「老けたな」
「お互いさま」
「そーだな」

10年ぶりなのに、会話ははずまない。
そもそも10年前もそんなにはずんだ会話をしていた覚えはない。

「俺さぁ、あっち行ってすぐに現役引退したんだよ」
「知ってる」
「で、アマチュアの監督やってたんだ。そしたら後藤が迎えに来てさ、昨日こっち戻ってきた」
「ずいぶん端折って話すのね」
「大まかに分りやすく話してんだよ。で、そっちは?」

「今も昔も肉屋の看板娘」
「っ、お前、年考えて言えよ。娘って」

腹を抱えて笑う俺の尻にアキヲのキックが飛んできた。

「いってぇ…」
「嘘、懐かしいクセに」

鼻で笑うアキヲ。
確かに言われた通りだった。

アキヲは見た目はそれなりに綺麗だと思う。
けど、中身は男かと思うくらい女を感じさせない女だった。
そんな性格が俺と合っていたんだろう。
だからなるべくしてなった関係だった。俺たちは。

けれど終止符を打ったのは俺。
今も変わらずこうやって下らないことを話して笑えるなら十分だ。

10年も経って、どこかへ嫁いでいるとばかり思っていたから。


"チリン、チリーン"


川沿いで立ち話をしていたら、男の子が乗った自転車が一台、俺たちの前で止まった。
前カゴには随分使い込まれたスパイクとサッカーボール。


「じーちゃん早く帰ってこいだってさ」
「悪い、悪い。すぐ帰るよ」
「腰痛いって」
「はいはい。あんたは練習終わったらさっさと帰ってきなよ」
「わーってるー」

アキヲとそんな会話をして子供は俺たちの前を去って行った。

「知り合い?」
薄々気づいていたけど、遠回しに聞いてみた。

「可愛い可愛い私の息子」
「へー、何歳?」
「今年で10歳」

10年の空白をいやと言うほど思い知らされた瞬間。

「で、そっちは?」
「今も10年前も変わらねー」

「てっきり外人連れて帰って来たのかと思った」
「そんなことしたお前、妬くだろ」
「ばっかじゃない。もう終わった話なのに何で妬くわけ?私子供いるし」
「そーだな」


そうだ。
もう過去の話だ。
10年も前に終わったんだ、俺たちは。


「父親は?」
「いない。どっか行った」

笑いながらあっさりと言ってみせるアキヲ。
その言葉に妙な不安と期待が入り混じる。

「なぁ…」


俺が口を開いた途端、アキヲが遮る様に言葉を発した。
「あーあー。あんなにキャーキャー騒がれてたカッコいい達海猛は何処に行ったんだか」
アキヲは10年前の俺と今の俺の姿を重ねて笑う。

「あれは俺の意思じゃねーって」
「かっこよかったのになー」
青い空に流れる雲を見ながら、アキヲは懐かしむように呟いた。

「過去形かよ」
「そう、もう過去だねー」

過去は振り返らない主義。
だから告げる。

「相手いねーんなら、また俺なんてどう?」
「ぷっ…あははははははっ!!」

失礼にも腹を抱えて笑いだすアキヲ。
俺は冗談を言ったつもりはないんだけどな。

「冗談じゃないわよっ。また置いてけぼり食らうのはごめんだからねー」
「そっかー」
唇を尖らせて言うと、アキヲが結構な力で唇を摘まんできた。

「いっ、て…」
そして勢いよく放される。


「猛が解任されないで、ETUが優勝できたら考えてあげるよー」

じゃぁね、とアキヲは手を振り去って行く。
赤くなった鼻っ柱を擦りながら、帰るアキヲの背中を見送った。


やってやんよ。
見てろよ。

なかなか遣り甲斐のある目標じゃねーか。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ