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□おやゆび姫
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「アキヲさん、この前言ってたCD持ってきましたよー」
「わー、ありがとー世良君」
朝からクラブハウスの通路で仲の良さをアピールするのは小柄な二人。

にこっと笑うと頬にできる小さなえくぼ。
150センチほどの小柄な体格も手伝ってか、アキヲは俺より一つ年上とは思えなかった。

「朝から元気だな。小学生かよっ」
気の短いクロが苛立ちを露わにする。

「仲がいいんだから、いいんじゃないか」
子供を見守る父親のような眼差しでその光景を見るのはドリさん。

「僕には子犬が2匹じゃれあっているようにしか見えないけどね」
フラっと現れて通り過ぎて行くジーノ。

「おい、さっさと行くぞ」
そんな二人を割り入って世良を連れて行くのは堺さん。

俺だけが釈然としない。
理由は明白なんだけど。







その晩、ガミさんの呼びかけで鍋パーティーと言う名の飲み会が催された。
面子は差し詰めオーバー28と言ったところ。
家庭のある堺さんとコシさんは来ていなかった。
「お邪魔しまーす。ビール買ってきましたよ」
「おーサンキュー。明日オフだし遠慮なく呑もーぜ」
俺とクロがガミさん家に上がると、ガミさんの陽気な声がキッチンから聞こえた。
そしてその隣からひょっこり顔を出したのは、エプロン姿のアキヲだった。

「アキヲ来てんの?」
俺より先にクロが驚いたように言った。
「邪魔だったらお鍋の用意だけしたら帰るよ。男ばっかだし」
「いいんじゃない。いなよ」
気まずそうに言うアキヲを引きとめたのは俺。
「むさ苦しい男ばっかより、女の子いた方がいいだろ」
奥からもう一声。
ドリさんもアキヲを引きとめた。

「ちょ、俺、別にアキヲが邪魔とか言ったわけじゃねーし」
するとクロがきまり悪そうにあたふたするから、皆がどっと笑う。

ガミさん、ドリさん、丹さん、堀田さん、クロ、俺、そして紅一点のアキヲで盛大な飲み会が開かれた。
鍋に、ツマミに、ビールに、チューハイ。
セーブせずに飲み食いしまくる男どもに混じって、アキヲも結構なピッチで呑んでいた。

「アキヲ、呑みすぎじゃねー?」
「えー、全然大丈夫だよ」
聞いたクロよりもアキヲの方が呑んでいるはずなのに、顔に出ているのはクロの方だった。

「何よ、もう呑んじゃいけないの?ドリさーん、クロが呑むなって言うー」
「ち、違げぇよっ。アキヲお前、俺をハメようとしてんのかっ」
アキヲは隣のドリさんに少し甘えた声で訴えると、クロがまたうろたえた。
皆は笑うが、穏やかでないのは俺一人か。

「アキヲっていっつもドリさんにひっついてるよなぁ」
「あー確かに。酒入るといつもだよなー」
丹さんが呑気に言うと、ガミさんが頷く。

「父親と娘みたいに見えるけどな」
堀田さんのその一言にドリさんもアキヲも顔を合わせて笑う。

「妹だろ」
ドリさんが堀田さんに訂正を要求した。
「えーでもドリさん貫禄あるよ」
すかさずアキヲは堀田さんの意見に乗る。

「兄貴っぽいのは…スギじゃね?」
ぐるりと鍋を囲む面子を見渡し、ガミさんが俺を指名した。
「え、俺?」
「あー、分る分る」
妙に納得するのは丹さんと堀田さん。
「え、ちょっとスギくんって私より年下だよ」
異論を唱えるアキヲ。

「小さいからだろ」
そしてまた余計なひと言はクロ。
「はぁ!?クロだってそんなにデカくないクセに」
「チビでもねぇよ、俺は」
二人は立ちあがって煮えたぎる鍋を中心に睨み合っては口論を始めた。
「はい、はい、もうそのへんで止めとけ。二人とも」
見事に仲裁に入ったのはドリさんだった。
「やっぱ父さんだな」
堀田さんにうん、うんと頷く一同。

その後は和気あいあいというか、普段の愚痴というか、アキヲがいるのにも関わらず下世話な女性関係の話とかで盛り上がる。
アキヲもアキヲでこんな男の話に平気でいられるなんて、と思ったが、どうやらいつものことらしい。

「あ、ビールもうねぇ…」
「じゃぁ私行ってくる」
真っ先に声を上げたのはアキヲだった。
さすがに先にビールが切れたことに気付いたクロも行こうとしたが、それより先に俺が立ちあがった。
「俺、一緒に行くよ。クロ酔ってるだろ」
「おぉ、サンキュー。スギ」

「じゃぁ行ってくるね。これで女が出てる間に遠慮なく猥談できるでしょ」
「先頭切って話に入ってくるくせによく言うよ」
ガミさんの突っ込みにアキヲは豪快に笑った。
実はけっこう酔ってるんじゃないのかなんて心配になる。



昼間はそれなりに気温は高くても、夜は肌寒さを感じるようになっていた。
「ちょっと寒いかもー。でも呑んでるし熱いから気持ちいいやー」
けらけら笑いながら暗い夜道を歩く。
「ね、スギ君楽しんでる?」
「楽しいよ」
「そ、よかった。なんか浮かない顔してるなーって思ってたから」
そりゃ、あれだけドリさんと仲睦まじい姿を見せられたら浮かない顔もするだろう。なんて言えなかった。

「あのさ、アキヲはドリさんの事どう思ってる?」
「どうって…ETUの頼れるゴールキーパー」
「そうじゃなくってアキヲ自身はドリさんを男としてどう思ってるのかって聞いたんだけど…」
「あー、そーゆー意味ね」
またけらけら笑う。

「何て言えばいいんだろ。男らしいし、頼りになるしカッコいいと思う。お兄さん的存在かな?」
「お兄さんか…」
さっき俺が他のメンバーから与えられた称号はアキヲによってはく奪された。
「じゃぁ俺は?」
「へっ!?」
裏返った声を発して、アキヲは俺の顔を見上げた。

「先に言うけど、俺はアキヲを恋愛対象として見てるよ」
「スギ君みたいに優しくて賢い人なら、私みたいなもうすぐ三十路の小さい女じゃなくてもよくない?」
「よくない」
「女優さんとかモデルさんとか若くて可愛い女の子と付き合えるよ」
「いっつも仕事を一生懸命頑張ってるアキヲがいい」
酔いにまかせてなんかじゃない。
真剣に本気で俺は自分の気持ちをアキヲに伝えた。
「私にはもったいないよ…スギ君」
「それはアキヲの決めることじゃない」

困ったように目を伏せたアキヲの長い睫毛が震えている。

「すごく好き」
屈んで、アキヲが逃げないように両手を握って、真っ赤な唇にキスをした。
ビールや日本酒の混ざった匂いがした。
「あ、どうしよう…」
「え、もしかして彼氏がいるとかっ?」
告白はまだしも衝動的にしてしまったキス。
恋人の存在の確認を怠ったことを後悔した。

「違うの…私もスギ君が好きだから…」
真っ赤な顔。
今頃アルコールが顔に出てきたなんて言わせない。
「じゃぁ、オーケー?」
こくりと小さい頭が頷いた。
俺を見つめる瞳が揺れて、濡れた唇は色気があって、堪らずも一度キスをした。

ちゅっ、と微かな音を立てて離れる唇。

恍惚としたアキヲの表情に何度でもキスしたくなる。

「アキヲ…もっとキスしたい」
「…でも、早く買って帰らなきゃ、皆待ってるし」

「そう、だね…」
アキヲの言う通り。
まだ買い出しの途中だし、逸る気持ちもあるけど、ここは耐える時間だ。

「行こうか」
「うん」
アキヲの手を取って、ぼんやり向こうに見えるコンビニに向いて歩きだした。


コンビニからの帰り。
行きと帰りでこんなにも気持ちが違うものかと思うと、ちょっと笑えた。
高校生みたいじゃないか。

「どうしたの?」
「何でもないよ。それより寒くない?」
「あー、ちょっとだけ」
「重いけど、ちょっとこれ」
手荷物をアキヲに任せて、俺はパーカーを脱いでアキヲに羽織ってあげた。

「ありがと…でも、スギ君が寒くない?」
「大丈夫、俺そんなヤワじゃないよ」
アキヲから荷物を貰い、帰りを急ぐ。
隣り合う手がさりげなく触れ合って指が絡まる。
小さな手が俺の掌にすっぽり包まれた。
「優しいなスギ君。私きっと焼きもち焼いちゃうよ」
「じゃぁいっぱい妬いてもらおうかな」
あははと笑い合いながらガミさんの部屋の前まで帰ってきた。

さすがに手をつないだままガミさん家に入るわけにもいかず、玄関の前で手を離した。
「ね、スギ君」
「うん、何?」
手招きされて屈むと、アキヲの唇の感触。

「もう一回したかったの」
外気に晒されて冷たい唇は、キスで熱を取り戻す。
にこっと笑った愛らしい笑顔とえくぼ。



「たっだいまー」
アキヲの明るい声がむさ苦しい男どもの中にこだまする。

「おー、待ってたぞ」

「おせー」

「どこまで行ってたんだ」

とりあえず皆、思い思いの言葉を好き勝手に発する。

「買ってきてあげてんのに、そんなこと言う奴は呑むなっ」

「わーごめん。ホントごめん」

「悪い、悪かったよ、アキヲ様っ」

けらけら笑いながら、アキヲは袋から酒やつまみを取り出し、テーブルに並べる。

さっきと同じ場所に座ると、ドリさんが俺の所まで身体を伸ばして耳打ちした。

「何かいいことあったのか?」
「え、あぁ…」
何たる鋭い観察眼。
思わず言葉を濁してしまったが、きっとドリさんは分っている。
ドリさんの隣で、満足そうに自分が選んだ缶ビールを呑むアキヲに視線を向けた。

「スギ君これ美味しいよー。一口呑んでみ」
にっと笑って、えくぼを作って、俺に差し出されたビール。
「さんきゅ」
苦い風味が口の中で広がる。

やっぱり隣のお父さんには了承を得た方がいいのだろうか。


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