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□エスコートのちパシリのち…
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帰り支度までしていたのに、達海さんに用事を頼まれてコンビニに行く羽目になった私。
用事というか、寧ろパシリ。

「アイス買ってきて」だなんて。
ついでに自分の好きなのも買ってきていいってお金渡されたし、達海さん御所望のスイカバーより、明らかに高いハーゲンダッツを買ってやった。

人気のないクラブハウスに戻って、達海さんの部屋をノックする。

「買ってきましたよー」
「おー、さんきゅ。アキヲもこっち来て食いなよ」
対戦相手の研究?
顔はテレビを向いたまま、手招きされる。
こっち来て、と言われても散らかりすぎて足の踏み場もない。

「こっちって…」
「あー、適当にどーぞ」

床の上に散乱した、多分達海さんの大事な物たちを積み上げて、達海さんの向かいに座る。
「横に来てくんねーの?」
「何でですか?」
「ほれ、俺の隣空いてるぜ」
ガサガサと適当に物をよけ、達海さんは自分の隣を強引に空白にした。

「えー嫌です」
「何で拒否るの?」
「達海さんのより高いアイスを、達海さんの目の前で見せつけて食べてやろうと思ってるんで」
「え、アキヲ何買ってきた?」
達海さんにはリクエストされたスイカバーを、私は自分で選んだハーゲンダッツバニラを袋から取り出した。

「ズリー。俺にもくれよー」
「ヤですよ。帰るって言ってるのに買いに行かされてるんですから」
みっともなくも、狭い部屋で二人で小競り合いになる。
達海さんは大人げなく私の手にあるアイスを奪い取った。

「あー。それ私のって言ってんじゃないですかっ」
蓋を開けようとする達海さんを阻止すべく、達海さんの手から私のハーゲンダッツを奪還する。
したのはいいが、思い切り達海さんを押し倒して…
こともあろうか、私は達海さんの上に乗っかってしまった。

「いってぇ」
後頭部を打った達海さんが、起き上がる。

「ご、ごめんなさい」
「跨ったまま言う?」
「あ、え、うわっ」
避けようとした私の腰を達海さんに掴まれる。

「いいぜ。このままで」
「よくないですっ」
「監督は王様だーってな」
「とんだ暴君じゃないですかっ!!」

達海さんから離れようとしたが、達海さんの背後にあるテレビ画面に気を取られた。

「これ…」
「そうそう。昼間、後藤に聞いたら探してくれたんだよなー」
達海さんから身体を離して、テレビに食い入るように見つめる。

もう10年以上前の日本代表の試合。
古びた粗い映像に一瞬だけ映し出されたのは、20代の達海さんと小学生の私。

「すっげぇ膨れっ面」
「達海さんが欠伸ばっかして、ちゃんと歩いてくれないからですよ」
「成さんがよかったとか言うもんなー」
「そりゃそうでしょ。この時代の子供は誰もが憧れてましたよ」
「ふーん」

国歌斉唱が終わりいよいよゲーム開始。

私は達海さんより前で、四つん這いになってテレビを凝視した。

「アキヲのケツで見えねーよ」
「なっ!?せ、セクハラ!!」
「ホントだろー。こっち来いって」

身体を引き寄せられて、達海さんの膝の内に収まってしまう。
なんか恋人同士みたい。

「あのー、近すぎません?」
「あぁテレビ?」
「私と達海さんの距離」
「いいんじゃね。アイス半分こしよーぜ」

背後からにゅっと伸ばされた腕。
手にあるのはスイカバー。
「ほれ」
「あ、どうも…」
最初の一口を貰う。

シャリシャリとした懐かしい冷たい食感が口の中で広がる。

「あー」
口を抑えながら声を上げた。
今、テレビの中で若き日の達海さんがファウルされ、ゲームが止まる。

一瞬アップで映る達海さん。

「わかーい」
「うん、20代だしね」
もう一口、と差し出されたアイスを躊躇いなく齧りつく。

「てか、今のPKでしょー」
「ギリギリFKじゃね?」
「そうですかぁ?」
「てか、あと、ぜんぶ食っていい?」
「どうぞ」

あの瞬間から私の憧れのサッカー選手は達海猛。
その人と今ここで、こんな至近距離でサッカー見てるなんて。

「ここ惜しいよなー」
「6番がケアできたと思うんですよねー」
「だよなー」
「皆、成田さんに頼りすぎ」

気づけば二人して夢中で昔の試合をビデオ観賞していた。

「成田さん、やっぱ凄い選手だったんですね」
「え、やっぱ成さんがいいの?」
「もー、朝と同じこと言わせないでください」

「もっかい言って、何回でも言って。俺が好きって」
「はぁ!?私、達海さんのことが好きだなんて一度も言ってませんよ!!」
思わず振り向いて反論した。
予想外に至近距離に達海さんの顔があり、びっくりした。

「好き?嫌い?どっち?教えて」
「え、あ…」
究極の二択を迫られた。

「俺はアキヲのこと好きだよ」

"ゴーーーーール!!!"

タイミング良く、テレビの向こう側から実況アナウンサーの叫び声が聞こえてきた。
ほんと、見事にゴールだ。

「あ、あたし…成田さんより達海さんが好きです」
「うん?何その微妙な返事」
唇を尖らせて、納得していない表情を浮かべる達海さん。

「だから、言ってるじゃないですかっ」
もっと顔を近づけて、達海さんの乾いた唇に、私の唇を重ねた。
ほんの一瞬だけ。

言葉にするのが恥ずかしくて、思わず行動にしてしまった。
でも、行動で示す方がよっぽど恥ずかしい。

「……何で、アキヲってそんなに可愛いの?」
呆気に取られた達海さんが、真っ赤な顔をして目を伏せる私にそう問いかける。

そんなの知らない。
もう言葉を交わすことすら恥ずかしい。

「冗談とか言うなよ」
考える間もなく、私の背中は冷たい床の上へ。
達海さんに組み敷かれていた。

「あ、え…その…ハーゲンダッツ食べたいですっ!」
「あとでいいじゃん」

「溶けちゃうんで」
「もっかい冷凍しときゃいいじゃん」

「美味しくない」
「買ってやるよ」
そう言われてしまえば、返す言葉もない。

「何、それともやっぱり成さんの方がいい?」
首を横に振って意思を示した。

「じゃぁ決まり」
ニヒーと笑う達海さん。
悪戯っ子のように見えたけど、列記とした大人の男とこんな状況になって、私は唾を呑んだ。







「あの時は達海さんが24、5でしたっけ?私が10歳。何か歳の差が犯罪っぽいですよね」
「今はお互い大人だろ」

「そーですけど…」




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