GK|short

□よこれんぼ
1ページ/1ページ


グローブを新調しようと思って、訪れたのは大型のスポーツショップ。
今までの物と同じメーカーの物でいいんだが、他の物も気になり、あれこれと見てしまう。

結局は同じメーカーのグローブになってしまうんだが。


時間も大いにあることだし、ついでにスパイクの売り場も回ってみると、嬉しい偶然が待っていた。


上下左右ズラリと並べられたスパイクの数々を神妙な面持ちで見る彼女。
前に会ったときは隅田川スタジアムでスーツ姿だった。

ところが今日の雰囲気はあの日とずいぶん違う。

おろした髪は彼女が動くたびにふわふわと揺れ、丈の長いタンクトップに素足にショートパンツが眩しい。

先日とのギャップもさることながら、白くて華奢な素足が俺の心をくすぐる。


あの人の恋人だから取りたいと思うわけじゃない。

ただ本当に、純粋に一目惚れだった。


彼女は嬉しそうにスパイクを手に取り、箱を抱きしめていた。
そんな顔させさられるのはあの人だけだろう。


声をかけるつもりはなかったが、スパイクの入った箱を抱えながら口元を綻ばせる彼女とぶつかったのがきっかけになった。


「あ、すみません」

「いえコチラこそ」


見上げた所に俺の顔があって彼女は驚いたように目を見張る。


「あ、え、星野さん…!?」
「えっと、アキヲさん、ですよね」


直接会話したことはなかったが、あの人が隣にいた彼女の名前を呼んでいるのを聞いていたから覚えていた。

「ハイっ…え、あの名前覚えてくれてたんですね」
「前にそう呼ばれたと思って…」


恥ずかしそうにはにかんだ彼女の笑顔が俺の胸を鷲掴みした。


「ずいぶん楽しそうですけど、何かいい物見つかったんですか?」
「はい」

そう言った彼女の嬉々とした表情はあの人のためにあるのだろう。

「プレゼントですか?」
「ち、違いますっ!!自分用ですっ!!」

彼女の腕の中のそれを指したが、驚くほど全力で否定された。


見え透いた嘘と言ってしまえばそれまでだが、職場恋愛を隠したいがための言い訳は理解できる。


「じゃぁ、俺がアキヲさんにそれをプレゼントしましょうか?」
少し意地悪かもしれないと思ったが、そんな問いかけをしてみた。

「いいですっ!!自分で買います。第一私が星野さんにプレゼントしてもらう理由がないです」

あまりの勢いに、一瞬たじろいだ。

「はは、そうですね」

正論とは言え、最後の方の言葉には刺さるものがある。
ただの知り合い程度から前進する術を模索した。

「もし、このあと時間があるならお茶でもしませんか?」
「へっ?」
「まだ用事ありました?」
「えっ!?あたしと?ですか?」
「アキヲさん以外に他に誰もいませんよ」

彼女はひたすら驚いた表情で俺を見る。

「あ、あ、あ、あたし…」
何か余計な心配でもしてるのだろうか。

「お茶だけ、なんですけど、ダメですか?」

取って食おうなんて邪な考えは毛頭ない。

そこまで俺も卑怯じゃないし、彼女がそんな誘いに軽く乗ってくるようなら俺の見る目がなかったないだけのこと。

「あ、あの…お茶だけなら…って、私でいいんですか?」

「少しアキヲさんとお話できればいいかなって。それにアンフェアなのは好きじゃないし…」

「えっ?」

「いえ、なんでも」


一連の流れから察するに彼女は少々鈍いところがあるのかもしれない。





店から出て並んで歩いていると、一件のカフェを指して、彼女が「あっ、」と声を上げた。

「ここ!このお店すっごくケーキが美味しいんですよっ!」

こういう情報と甘いものを好む姿はさすが若い女の子と言ったところだろうか。


「って…アスリートが甘いものって…ダメですよねぇ…」

俺が無言だったのを否定と捉えたのか、彼女は俺の顔色を上目で伺う。
おそらくというか、これは確実に無意識だ。

「大丈夫ですよ、俺もケーキ食べたいですし、オススメ教えてくださいよ」

芽生えそうになる下心を押し殺して笑顔を作る。

「いいんですか!?」
「もちろん」
そして、にんまり笑った彼女と店に入る。
こうやって女性とカフェに入るなんて久しぶりだ。しかし彼女が恋人でないことが唯一の不満。


美味しいと薦められたケーキを注文して、彼女と向かい合いながら言葉を交わす。


「もしかして堺さんとこういうとこ来たことない、とか?」

「その通りです。あ、でも彼が嫌がってるとかじゃなくって、私が誘わないだけです。彼、食事とか健康管理とかすごい気にするんで」

「別にそんなこと遠慮しなくてもいいと思うけど、気をつければいいと思うし…付き合ってるならデートでこういう所来たいですよね」

「つきっ、あ、え…付き合ってるの一応内緒なんですっ!」

「やっぱり…」

「やっぱりって?」

「職場恋愛って公言するもんじゃないスよね。ましてやプロの世界なら一般的な社会人より気にすることはたくさんありますよ」

「あのー、黙っててもらえます?」

「言いふらしたりしませんよ。第一俺の得にならないじゃないスか」

ふぅ、と彼女の口から安堵のため息がこぼれた。

「迷惑かけたくないんで」

「そんなに想われてる堺さんが羨ましいっスよ。でも迷惑とか思わないんじゃないスか?」

「へっ?」

「きっとアキヲさんが思っている以上に堺さんアキヲさんに惚れてますよ」

「えーーーーー」

「彼女なのに驚きすぎでしょ」

「だって良則、そんな素振り一切見せませんよっ」

「男だから分かるんですよ」


妙に力説されてるけど、この人、やっぱり鈍感なんだ。

周囲からの好意に気づかない。
それでいて自分はまったく気がないのに、相手に気を持たせるような素振りを見せる。

これは結構タチが悪い。

きっとあの人も気が気じゃないだろう。

と、彼女の恋人の気苦労を考えてみたものの、いらぬ心配だった。


なんせ彼女の口からはあの人の話しか出てこない。
彼女に好意を持ちながら、彼女の恋人に対するノロケ話を散々聞かさせる羽目になった。


「…ほんと、好きなんですね」
「はいっ」


照れる様子もなく、彼女は明るい笑顔でそう答える。

あまりに真直な返答に面食らった。そしてあの人を心底羨ましく思う。


「妬けますね」
「へっ?何がですか?」

「いいえ、別に…」

あぁそうか。

鈍いというよりか、彼女の目にはあの人以外の男なんて見えてないんだ。

これじゃぁ、当たる前から玉砕してしまったかな。


「…私そろそろ帰らないと。今日は一緒にご飯食べるんで」

「何か記念日とか?」

「そういう訳じゃないんですけど、久しぶりにいいかなと思って」


あの人の話になると、彼女は本当に幸せそうに笑う。

「手料理?」

「はい。美味しいですよ」

「羨ましいですね。俺もご馳走になりたいです」

「じゃぁ、これから来ますか?」

「えっ?」


ちょっとこれは予想しない展開。

「聞いてみますね」

彼女はバッグから携帯を取り出し、あの人に電話をかけようとした。

「今日は遠慮しときますっ」

冗談というか、まさか真に受けるとは思っていなかったから、焦って彼女の行為を制止した。


「いいんですか?」

「今夜は用事あるんで」

「そうですか…じゃぁまた次の機会に」

「また次に…」

「良則の作るご飯すごく美味しいから楽しみにしておいてくださいね」

「え、アキヲさんが作るんじゃ…」


これは意外だな。あの人が料理するなんて。


「私より上手で、お店みたいに美味しいんですよ」

「そう、ですか」


やっぱり行き着く所は堺良則か。


「じゃぁ私帰りますね」
裏返された伝票に彼女の手が伸びる。


「それは俺が」

「でも…」

「これくらい、俺を立ててくださいよ」

「…お言葉に甘えて…ごちそうさまです」


大したことじゃないけど、せめてこれくらいは良い所見せておきたい。

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

ぺこりと頭を下げて、大事そうにプレゼントのスパイク(彼女は自分用だと言ったが)を抱きしめて、店を後にした。

彼女が笑顔なのは堺良則の存在があるからこそか。

でもあの笑顔、できることなら自分のものにしたい。

彼女の背中を見送りながら、芽生えてしまった気持ちを抑えられずにいた。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ