GK|背中あわせ

□case of H 1
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クラブハウスの屋上は私のお気に入りの場所。
新商品の開発やイベントの企画とか仕事が豊富すぎて、クタクタになった私の息抜きには最適。

誰も居ないのを確かめて、パンプスを脱ぎ捨てる。
ここで寝転がって空を見上げるのが気持ちいい。

だから余りの気持ちよさに、ウトウトしてしまうこともしばしば。
頬を撫でる風が気持ちよくて、気温も日差しもちょうどよくて、昼寝をするにはうってつけの私の至福の時間。

ぴた

突如、頬に冷たい感触。
雨が降ってきたかと思って飛び上がる私。

"ゴツン"

鈍い音が額に響き、驚きと痛みがいっぺんに私を襲う。

「ぎゃっ!!」
「いってぇー」

間の抜けた声で痛みを訴えながら額を擦っているボサボサ頭を私の視界が捉えた。

「か、監督っ!?」
私も涙目でじんじん痛む額を擦る。
「アキヲの石頭ぁー」
「失礼な、石頭はどっちですか!?てか、何ですか?いきなり!?」

地面に転がる赤色の缶がさっきの冷え冷えした感触の正体。
そして犯人はいい歳して子供染みたことして、痛い目を見る達海監督。

「俺の特等席で呑気に寝てるやつがいると思ってさ」
監督は転がり落ちた炭酸飲料の缶を手に取り、自分の額に押し当てる。

「ここは私の指定席です」
「そんなこと言うなら俺だって10年前から特等席だもんねー」

ほら、またそうやって私より結構年上のくせに子供みたいな口ぶり。

「はいはい、分りました。監督の言う通り邪魔者は退散します」
「ちょい待ち」

ぽんぽんとお尻を払いながら立ち上がると、監督が私を引きとめる。

「監督、監督って俺アキヲの監督じゃねぇし、そう呼ばれるの嫌なんだけど」
「監督は監督でしょ。現にETUの監督じゃないですか」

「何か余所余所しいからタッツミーって呼んで、ね」
念を押すのに「ね」って何?って突っ込みたかったけど、そこは飲み込んだ。

「監督が馴れ馴れしいんですよ」
「海外長かったからかなぁ」
「多分違うと思います」

「う〜ん」
唇を尖らせて納得いかない様子の監督。
すると何かひらめいたかのように、ぽんと手を叩く。

「要はこうすりゃいいんじゃね」
ニヒーと嫌な笑みを見せた。
「一体、何ですか?」
眉間に皺を寄せた私の問いに答えるより先に、監督は私を抱き寄せる。

頬に微かな唇の感触。

「こうすりゃ余所余所しくないじゃん」
相手の裏をかくような不意打ち。

まるで現役時代のよう。
ピッチで輝く背番号7に憧れてここに来たのに、私がここで働く前に彼は去ってしまった。

「せ、セクハラですよっ!!」
「こんなの挨拶じゃん」
「ここは日本ですっ!!」
「顔真っ赤ー」
こんなことされると、ただの憧れが、憧れでなくなる。

「暑いんですっ」
「火照ってきた?」
「違いますっ!!本気にするじゃないですかっ!!」
「うん、俺本気だから」

「へっ!?」
「だから本気でアキヲのこと落とすかんなー」

「ばかっ、バカ達海っ!!」
額どころか、顔じゅう真っ赤。
これ以上見られたくなくて私は背を向けた。

怒ってるんじゃなくて、驚いて、照れて、恥ずかしくて。
いい大人なのに。

「ほれ、これやるよっ」
振り返った私に弧を描くように飛んできた赤い缶。

「冷やしとけー」
「って、もう生ぬるいじゃないですかっ!バカ達海」
「だから、冷蔵庫で冷やしとけって」
ニヤニヤ笑いながら悪戯っこのような達海さん。

「あ、バカ達海じゃなくて、達海かタッツミーなー」
ヒラヒラ手を振ると、達海さんは梯子を下りて消え去った。
まるで嵐のような昼下がり。

あつい。
あつくて、あつくて。仕方ない。
燦々と輝く太陽が眩しくて、じりじり照りつける。





俺が現役の時からここに足しげく通って、ずっと俺を見てたアキヲ。
「達海」「達海」って呼んでたくせに。

10年経って戻ってきたら、まさかフロントスタッフになっているなんて、顔を見た時驚いた。
ガキがいっちょ前に綺麗になりやがって。



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