GK|背中あわせ
□case of T 4
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「達海ー!達海ー!!」
いつもネット越しに練習風景を見に来てくれる子がいた。
制服着てるし、多分女子高生。
7番のタオマフ首に巻いて、必死でこっち見て俺を呼んでる。
昨日も来てたけど、学校行ってるのか?
あまりにしょっちゅう見かけるもんだから、どうでもいいことが気になってきた。
だから練習後、ちょっと聞いてみた。
サイン、握手攻めだったけど、近くにいたから、せっかくだし。
「しょっちゅー来てっけど、ちゃんと学校行ってんの?」
「へっ!?あっ…?えっ…」
突然俺が話しかけたから、その子は顔真っ赤にして、目を回して、テンパった。
「練習見に来てくれんのもいーけど、ちゃんと勉強しろよー」
小さい子供にしてやるみたいに、頭をくしゃくしゃと撫でてやると、湯気が出そうなくらい真っ赤な顔になっておもしろかった。
「…ハイっ!!」
上ずった声でそう返事して走り去ってしまう。
とても印象的だった。
でもその後は、午後の練習を見に来ることが多くなった。
多分俺があんなこと言ったから、きっと真面目に守っているんだろう。
学校帰りらしき、その子の姿がネットの向こうに見えた。
アップしながら視線を向けると目があった。
すぐに思い切りそむけられたけど。
話に聞くイマドキの女子高生らしからぬ雰囲気が余計に俺の気を引いた。
チームが勝てるようになってきて、それに連れてチームの人気も上がってきた。
公開練習も見学に来るサポーターの数がぐんと増えたように思う。
それは嬉しいことだけど、あの子の姿を見つけることが出来なくなった。
女子高生もたくさんいたが、あの子じゃない。
もうETUのサポーターじゃなくなったのかな。
なんて思う様になった矢先。
試合で足を負傷した俺は病院通いを強いられることになってしまった。
手術しなくて済んだだけ有難かったけど、やっぱりボールを蹴れないのは落ち着かない。
病院の診察室前の待ち合い椅子で「腹減った」とか「病院めんどくせー」とかいろんなことを考えていた。
「あっ!」
通りがかった女の子が、俺を見て小さな声を上げた。
「あー!」
俺も同じように声を上げる。
目の前にいたのは7番のタオルマフラーを巻いて練習を見に来ていたあの子だった。
私服だから一瞬分らなかったけど。
「…あ、足…やっぱり酷いんですか?」
「うん、だいじょーぶ」
ブイサインを見せるとその子はほっとした顔を見せた。
「てか、そっちは?」
「この前まで入院してて、今日は退院後の経過を診てもらいに…」
「だから練習見に来なかった?」
「えっ!?」
「最近顔見ねーなーと思ってさ」
「私のこと覚えててくれたんですか?」
「女子高生サポーター目立つんだよ」
ニヒーと笑って誤魔化してみた。
"たつみさん、たつみたけしさん、お入りください"
ちょっと会話できたかなーなんて思ってたらタイミング良く、診察の順番が回ってきた。
「あのさ、このあと時間大丈夫ならちょっといい?」
「へっ、あたしですかっ。だ、大丈夫ですっ」
久々にこの子の真っ赤な顔を見た。
「腹減ってない?」
13時を回る時計の針。
目の前の女の子は俺の言葉に戸惑い悩んでいるようだった。
"ぐぅ〜"
けれど、腹時計は正直者で、素直な返事をする。
「ほら、腹もそう言ってる事だし」
そう言って俺は、恥ずかしくて耳まで真っ赤になって俯くこの子を説得させた。
「で、でもっ」
「おにーさんが奢ってやるよ」
そんな事を言っても、連れて入ったのは行きつけの鉄板焼き屋。
店主のおばちゃんには「彼女かい?」なんて冷やかされるけど「親戚の子」って当たり障りのない答え方をしておいた。
「あ、あのっ…」
「何でも好きなの頼めよー」
でも結局この子は控えめと言うか、無難というか、普通のお好み焼を注文したけど。
「なー、名前教えてよ」
「…結城、結城アキヲです」
「アキヲね」
何かぎこちない。けどそれが初々しくて、俺と全然違うよなーとか思って観察してると楽しくなる。
「あの、達海っ、さん」
「うん?何?てか達海でいいけど、いっつもそう呼んでるじゃん」
「やっぱり面と向かうと…呼び捨てには…というか…最近サポーター増えたって聞きました」
「あーなんかそうみたいだねー」
「達海さんのファンがいっぱいとか聞いて…」
「それはどうだろ?」
「練習見に行くの…ちょっと行きづらいです」
「何で?来ればいいじゃん。応援してくれる人は一人でも多い方がいいしねー」
何を戸惑っているのか分らなかった。
「達海さんがちょっと遠い存在みたいな感じで…始めから近い存在なんて思ってないですけどっ」
「別に俺も他の選手も何にも変わんねーよ」
「前みたいに"達海!達海っ!!"って応援してくれよなっ」
俺らはアキヲみたいに応援してくれるサポーターや地元があってこそ、成り立ってるんだから是非とも練習だって見に来てもらいたい。
それにアキヲは他とは違う雰囲気がするから。
「待ってるからな」
そう告げて、待たせたのは俺の方だった。