GK|背中あわせ

□case of T 6
1ページ/1ページ


「もー帰るの?」

いつもなら残業しているアキヲが珍しく帰り支度をしていた。


「私だって定時で帰ることくらいありますよ」

「だよなー。いっつも残業してんもんなー」


「アキヲー」

「アキヲさーん」

俺とアキヲが話しているところへ丹波と世良のむさ苦しい呼びかけ。


「あ、そういう訳で私これから呑みに行ってきます。監督、お疲れ様ですっ」

「おーお疲れー」

満面の笑みを浮かべ、アキヲは踵を返し事務所を出て行った。


ざっと見た感じ、若手、ベテラン共にクセのありそうな面子ばかり。

何かおもしろくない。


「あ、監督も来ますか?東東京にいるんで」
一旦事務所を出たアキヲが、ひょっこりもう一度顔を出した。


「俺まだやることあるし、若いもんで呑んで来い」

「若いモンって…ベテランの人もいますよー」

「いーから、行ってこーい」

そうやって丁重に断る。

選手同士、スタッフ同士募る話もあるだろうしな。


それに俺だって監督としての仕事がまだ残ってる。
3日後の対戦相手の分析やら、ウチの改善点やら、明日のメニューやら。


がやがや出て行く集団とは反対方向に俺は部屋に引きこもった。





俺は今夜もDVDとデート。

「また、こんなお菓子とかジャンクフードばっか食べて!!」

と、アキヲに小言を言われそうな物を口にしながら、薄暗い部屋でアラさがし。

いつもの炭酸飲料を口にすると、空っぽになってしまった。

「ん、っしょ」

画面を停止させ、重い腰を上げて、仕方なく外の自販機まで足を延ばす。



"ガシャン"


自販機から冷えた缶を取り出し、またクラブハウスに戻ろうと足を向けた。

「ん?」

ふと、向こうから近付いてくる黒い影に気づき、凝視する。

チカチカと点滅する街灯の下を、その影が通ると姿が確認できた。


「アキヲ?」


「かんとくー」

俺を見つけたアキヲは手を振り、足早に近づいてくる。


「何、忘れ物?」
「多分、忘れ物です」
「多分ってどういう意味だよ」
「監督を忘れました」
「はぁ?」


そう言ってアキヲは手にしているコンビニの袋を見せた。


「いつまで経っても監督来てくれないから、コンビニでビールとおつまみ買って来ちゃいました」

「俺、無理って言ったけど」

「知ってます。けど、監督がいないと楽しくないし」


辺りも静まり返った闇夜。

チカチカといつ消えるかもしれない街灯に照らしだされたアキヲは、とびきりの笑顔を見せた。


「ったく、しかたねーな」

「ね、呑みましょ」

「俺まだDVD見てるから、そんなに付き合えねーぞ」

「分ってます。少しだけですっ」


俺の手を引っ張りながらアキヲは、楽しげに部屋に向かう。


俺がいないと楽しくない。

そんなことを10歳も年下の女に、満面の笑みで言われて嫌な気になる奴なんているはずがない。



「たつみさーん、すきですよー」

振り向いたアキヲの唐突な告白に、さすがの俺も目を見張る。

瞳は赤く、頬も染めて、何て顔して俺のこと見てんだ。コイツは。

ところが、じっとしていない足元が怪しい。


「てか、お前酔っぱらってるなっ」
「へへー」

よくよく考えれば、こいつは東東京で既に呑んで来ている。

掴んでいた俺の手を離してニヤニヤ笑うアキヲ。



酔っ払いの言う事なんて幻のようで信用ならないが、白く柔らかい手の感触はいつまでも残った。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ