萌えサンド

□おきさいサンド
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木刀の打ち合う激しい音が早朝の道場に響き渡る。
早朝稽古は日常だが、今朝は何か違う雰囲気がして道場を覗た郁。

「うっわー、すごい迫力ー」

珍しい者たちの打ち合いが繰り広げられていて、郁は思わず声を漏らしてしまった。
火花が散るような気迫さえ感じる。
甲高い音を立ててぶつかり合う木刀。折れてしまうのではないかと思うくらいの両者の押し合い。

「一君」
「何だ総司」

「絶対負けないよ」
「それは俺とて同じこと」

「へぇー自信満々なんだね」
「お前こそ」


新撰組でも一二を争う剣客、組長同士の凄まじい打ち合いに他の隊士たちは言葉を失い、二人の組長の勝敗の行方を固唾を飲んで見守るばかりだというのに、当事者たちは涼しげな顔をしている。

殊更負けず嫌いの二人、そう見えて腹の中では闘志漲っているのだが。

「あれ、郁ちゃん、どうしたの?」
「あぁうん、何か楽しそうだと思ってね」

「そう見える?」
「余所見している場合か、総司っ」

「余所見、なんて、してない、よっ!!」

激しく打ち合い、間合いを取った二人。


「そうだ、一君。どうせなら賭けてみない?」
「何をだ?」
「分ってる癖に…まぁいいけどさ。勝った方があの子を一日自由にできる権利」
「物でもあるまいし、何だその言い草はっ!」
「とか言いながら真剣じゃない?一君」
「お前にいいようにされるのが気に食わないだけだっ」

打ち合う木刀が甲高い音を上げながら二人の力は拮抗する。

何を、誰を、賭けているのか郁の知るところではなかったが、稽古とは思えぬ様子に二人とも無傷で終わるとは思えない。

向こうから「朝飯だぞー」だと呼ぶ声が聞こえてきたこともあり、郁はこの収拾のつかなさそうな勝負をそろそろ止めるべく道場の真ん中に立ち入った。


「はい、二人ともそこまでーーーー!!」
打ち込まんとする二人の間に、木刀を両手に持った郁が割り入る。

「危険だ」
「危ないよ」
「でも止めれたよ」

にっと笑って仲裁に入った郁に二人とも溜め息をついた。

「ご飯だってさ……てか、両腕痛い…」
じんじんと痛みが響く両腕を擦りながら、郁は二人を挟まれて共に広間へと向かう。

「ほんと、命知らずだよねー」
「無鉄砲だ。もっと自分の身体を労われ」
「でも無傷だからいいじゃん。そりゃ腕は痛かったけど…」

なぜか広間での朝食も郁はこの二人に挟まれている。

いつからか郁の定位置は二人の間になっていた。
郁自身も居心地がいいからと、何の疑問も持たずに過ごしているが、傍から見れば郁を取りあっているのは明らかだった。


「郁ちゃん、腕痛いなら僕が食べさせてあげようか。ほら、あーん」
「郁は腕が痛いと言っているのだ。手が痛いのではない」

「いや、あの時は痛かったけど、もう痛くないし、大丈夫だから」

「あ、そっ、」
さも詰まらなさそうな総司。
一方反対隣りの一君は小さな溜め息を零していた。

「ところで郁。さっきの打ち合いはどちらが勝っていたと思ったのだ?」
「うーん」
「僕だよね」
「いや、俺の方が優勢だった」

「いやーあれはどう見ても間に入った私じゃない?」

「どっち?」
「どちらだ?」
左右から険しい顔で言い寄られて、肩を竦める郁。
「ん、まぁ、敢えて言うなら五分五分かな」

「…おもしろくないのー」
「五分五分だ、と…?」
両隣りで唇を尖らせる総司と残念そうな表情を見せる一。
二人とも納得していないようだった。


自由にできる権利なんて言ったところで、二人とも非番でもなければ、郁も局長付きの小姓として屯所を空けていた。
結局日中、郁を独占できたのは他でもない近藤局長ということになる。







そして二人が郁を取りあうのは夜になったが、当の本人は夢の中。


人の気持ちも知らないで。

そう思いながら総司と一は郁の寝顔を見ながら、内心溜め息を吐いていた。

近藤さんから伏見の良い酒を貰ったから一緒に呑もうと誘われた二人。
そして先に酔い潰れたのは郁。

総司の膝の上で、一の着物の袖を握りしめながら、寝息を立てている始末。

「変な気を起こすなよ」
「一君こそ」

互いに牽制しあい火花を散らす。

「可愛い寝顔しちゃってさ。そんなに僕の膝の上が気持ちいいのかな」
郁の長い髪を撫でながら笑みを浮かべる総司。

「俺から離れたくないのか…」
一方、一はぎゅっと握られたままの袖を動かすことができず、慈しむような視線を郁に向ける。


「さて、どっちに転ぶんだろうね…」

無防備な郁に手を出せずにいる二人。

「少なくともお前ではないだろう」
「一君は…ありえないね」



二人ともいいように郁に振り回されている。
他の幹部連中が「無自覚な分、あれは吉原の遊女よりも性質が悪い」と漏らしていた。




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