戦国BSR|short

□それも口実
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「ひとつ、頼まれてくれないかい?」

ぽかぽかとした陽気に誘われ、縁側でうつらうつらとしていたら、その大男は太陽よりも眩しい笑顔で私に声をかけた。


もう一息で眠りに落ちそうになっていたところに、その声で私を一気に眠りから引きずり出したのは前田慶次。

ここ京で自由気ままに暮らす遊び好きのお侍さん。町の人からも好かれていて、どういうことかうちの父上ととても親しくてうちの屋敷に遊びに来る。


そして彼と私は互いに恋い慕っている間柄…つまり恋仲の関係。



驚きにビクっと背を震わせると「いい陽気だねぇ」とまた眩しい笑顔を見せる。


「頼みごとやったら私やのうて、父上に頼まはったらええのに」

どこかへフラッと出かけてはまったく音沙汰なく、突然訪ねて来たかと思うと頼み事だなんて…そんな彼に少し腹立たしさを覚え、キツイ言葉尻になる。

「郁にやってほしいんだよ」
そう言って私の手を引き立ち上がらせると、背を押して後ろの部屋に押し込んだ。


「座って、座って」
ほらほら両の掌をひらひら振り、畳に座るように勧められて私は訳のわからぬまま正座した。

「ちょっと、なんなん?慶ちゃん」
「こーゆーこと」

ごろんとその大きな身体が横になったかと思うと私の膝を枕代わりにしてしまった。

「お昼寝やったら縁側の方が気持ちええんとちゃう」

つっけんどんな私の物言いにも慶ちゃんは嫌な顔一つせず笑っている。

「違うって、これ」

そう言う慶ちゃんが私に差し出したのは一本の耳かき。慶ちゃんの大きな手にはとても小さく見える普通の耳かき。

「やって」
「しゃぁないなぁ、慶ちゃんは」

好いた男に頼まれれば嫌とは言えない。

大男の慶ちゃんが無防備に横になって子供みたいに笑うのがとても可愛いとさえ思ってしまう。

だからそう言いながらも私は耳かきを受け取る。

慶ちゃんの髪を撫でながら、耳が見えるように頭を向けさせた。


「へっへっへ、くすぐったい」

「ほな、やめる?」

「ごめん」

「こんどは反対向いて」

ごろんと寝返りを打つ慶ちゃんと目が合った。

「私のこと放っといてどこ行っとたん?」

「ちょっと人助け」

「そう…」

根掘り葉掘り聞くのは野暮だって言われそうで、それ以上は何も言わなかった。
ただ、慶ちゃんの腕に傷があるのを見ると、喧嘩…戦かな。お人よしの慶ちゃんのことだから大方どっかの軍に加勢したのだろう…。


「慶ちゃんはみんなに優しいし好かれとるし、みんなのこと大事に思てんのは分かってるんよ。でもな、あんまり私のこと放ったらかしにせんといてな」

頭を横に向けたままの慶ちゃんは「ごめんよ…」と静かに呟いた。

「浮気してしまうで」

「ダメだっ!!」

冗談で言ったつもりなのに、慶ちゃんったら真剣な顔で飛び起きるから、私は慌てて耳かきを離した。

「危ないって!!」


「浮気なんて絶対ダメだ!!」

「分かってる、分かってるから、続きしよ」

興奮して大きな手で肩を掴まれるとさすがに痛い。

「本当に?」

「うん、うん」と頭を縦に振ると納得してくれたのか、慶ちゃんは再び私の膝を枕代わりに横になった。





「なぁ、慶ちゃん」

反対の耳を掃除しながら慶ちゃんの名を呼ぶと「何?」と優しい声で返された。

「慶ちゃんは強いお侍さんやろ。せやのに何で天下目指さへんの?」

「天下目指すよりもっと大切なことがあるんだよ」

「もっと大切なことって何なん?」

「こういうこと」

にまっと笑って慶ちゃんは私のいちばん敏感な部分を着物の上から触れてきた。

「アっ、ちょっ、けっ、慶ちゃん!?何すんの!!」

肝心の慶ちゃんは「何?」って言いながら狼狽する私をみて余計に笑う。

「慶ちゃんの助平ぇ…」

唇を尖らせて怒っても、慶ちゃんには全然効き目なし。私ひとりが顔を真っ赤にしていることの方が恥ずかしいくらい。

「もお!」と言って頬を膨らませば、慶ちゃんは「こっち、こっち」と言う代わりに手招きして私の顔を近づけさせた。

示されるままに半身を屈めて顔を近づけると、急に慶ちゃんの大きな手が伸びて私の頭を引き寄せた。


唇が重なる。久しぶりの感触。


口づけしたまま私の膝から半身を起した慶ちゃんは、私の背に手を添えてそのまま畳に横たえさえる。

啄ばむような口づけを何度も繰り返し、次第に私の口内を侵食する。深く深い、愛しい人のそれはとても甘美で蕩けてしまいそうになる。




そして触発された身体は忘れかけてた熱を呼び覚ます。


優しくもあり強くもある慶ちゃんの双眸は艶という熱を帯びて光る。

「これが天下よりも何よりも大切なことだ…郁…」



慶ちゃんの阿呆ぅ。

結局、耳掃除なんてどうでもよかったんとちゃうの…


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