戦国BSR|short

□衝動、熱にうかされ欲する味
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躑躅ヶ崎館にて―――


耳を劈くような甲高い蝉の声たちに襲われる。

紺碧の空には一片の雲もなく灼熱の天日に焼き尽くされそうなほど、甚だしく暑さを感じていた。


烈日にあてられたのではない。その姿が余りにも美しく麗しく目も眩むような衝動を覚えた。

「郁姫様」

「あら幸村、こんなところに居たのね」

篭に盛った桃を抱えた郁姫は、俺を目に留めると満面に笑みをたたえた。

俺をこのような心持にさせるのはこの世で唯一、郁姫だけ。

「もう父上にお会いになられたのでしょう。いつもの叫び声が館中に響いてましてよ」

「いつものことでござります故…」

「そうね」

姫様は笑って廊下の縁に腰を落ち着かせ、俺にもそうするよう促した。

隣り合うと、姫様の膝もとから漂う甘い香りが鼻腔をかすめた。

なぜ桃などを持っているのか気にはなったが、姫様は俺に何か不満でもあるようで、眉を曲げて口を開いた。

「私の処へは真っ先に来てくれないのね。幸村はいつも父上の処ばかり先に行っておられて…」

「躑躅ヶ崎館へ参りますれば、お館様へのご挨拶が真っ先になるのは至極当然のことでござりましょうぞ」

「それは分かっています…少しくらい…と、思うのよ」

「郁姫様は俺が真っ先に会いに来ないと、つまりは妬いておられるので?」

「幸村ったら…」

多少の意地の悪さを含めた物言いをすると、姫様は「分かっているなら申すな」とでも言いたげな顔をして、俺から目を逸すと頬を紅潮させていた。


その素直でないが、すぐ顔出てしまう根が素直なところもまた惹かれる。


「あ、これね、さっき頂いたの」

忘れていたのだろうか。姫様は思い出したように、膝に乗せた篭から桃を一つ取り出すと、丁寧に薄皮を剥ぎ出した。

そして半分ほど皮を剥いた後、白い実の部分を俺の前に差し出す。

「どうぞ」

「では、遠慮なく」

差し出された姫様の手を掴むと、俺はそのままその白い実を口に頬張った。

「幸村!?」

手ごと持って行かれると思ったのだろうか、姫様は少し驚かれたように声を上ずらせた。


じゅる、


よく熟していたそれの濃厚な果汁が口の端から零れそうになる。そして爽やかな香りとほどよい甘みが口の中で広がる。

「大変美味い。しかし皮ごと食すのがいちばん美味いのでござりまする」

姫様の手を持ったまま、俺はその桃をさらに頬張った。

汁が姫様の手のひらを伝って腕まで流れ落ちたが、俺は気にすることなく桃を味わった。姫様はというと、照れて顔を染めてはその汁が滴り落ちるのを少し気にしているように見受けられる。


差し出された桃を食し終わると、口の端についた汁をぺろりと舐める。そして姫様の掌には余すとこなく食された後の種だけが残されていた。

「もう、幸村ったら…手まで食べられるかと思ったわ」
「まさか、そのようなことは」

俺が笑ってみせると「そうね」と言って姫様も同じように笑みを返してくれる。


この姫様の笑う顔が堪らなく好きだ。
この姫様の啼く顔も堪らなく好きだ。


「こちらの方が美味そうだ…」
姫様の手を取りこちらへ寄せると、手のひらから零れた種は足もとに落ちた。

そして俺は汁で濡れた姫様の手を舐める。裾から覗く白く透き通る肌は桃よりも美味そうに映る。

「ちょっと、幸村!?」
突然の俺の行為に狼狽する姫様も何と愛らしいことか。

そのまま縁側に押し倒せば、膝に乗せられていた桃は篭も中身もすべてころころと転がり落ちてしまった。

「あ、桃が…」

「気になされるな」

そそられた俺の本能。さっきまで煩く感じていたはずの蝉の熱唱も気にならないほど、鼓動が速く大きく高鳴る。

「こちらの桃は皮を剥いだ方が美味いのでござったな」

顔を寄せると姫様は頭を左右に振って周囲を確認す仕草を見せた。

「あのね、幸村…ここはちょっと…」

顔を赤く染めていても、まんざらでもない口ぶりの姫様。最初から期待していたのだろうか…。

「では姫の寝所で、その味を存分に堪能いたしましょうぞ」

姫様の柔らかな身体を抱きかかえ、勝手知ったるその寝所までお連れする。


転がり落ちた桃には甘い香りを嗅ぎつけた蟻が群がりだしていた。

甘いものを欲するのは俺も蟻も同じこと。


俺は美味いものは最後まで取っておく性質なのだ。だから、いつも姫様の処へは後で伺うと決めている。

言うつもりはないが、もしそう告げると姫様はどのように愛らしい表情を見せてくれるのだろうか。


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