戦国BSR|short

□虎の若子、呑みこまれる
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辺り一面を纏う白銀の衣はすっかり脱ぎ去られ、この甲斐の地にもようやく春が訪れた。

篝火の炎を明かりとし、可憐に優雅に咲き誇る桜の下、盛大に催される花見という名目の宴会。


舞いを眺めては酒を呑み、呑んでは笑い、兵どもは赤ら顔でそれは大層上機嫌だった。


侍女たちに紛れて信玄公の息女、郁も珍しく酌に回っていた。

とはいえ、姫君直々のお酌とあっては家臣らも恐縮しているのだが…。


そんな、徳利を持ち満開の桜の下で家臣らに酒を注ぐ郁の姿が、えも言われぬほど美しく、まるで天女のようだと真田幸村は秘めたる想いを押し殺して眺めていた。


「さぁ、幸村も」

そう言って郁から半ば強引に盃になみなみ注がれた酒は、透き通り頭上の桜を映し込み揺れていた。

「しかし某、酒はあまり…」
よもや自分のところに回ってくるなどとは。

酒は苦手だった。

他の家臣らを恨めしく思いながらも実のところは、こちらには来ないでもらいたいと願っていたのだった。


「うぅ…」
小さな盃の中で波打つ酒を睨めながら幸村は微かに唸り声を発した。


男子たる者、酒の一献も飲めぬようでは一人前ではないと言われ、口にしたのはどれほど前だっただろうか、たった一口で酒がまわり、その後を覚えていないほどだった。


佐助によればとんでもない醜態を晒していたとのこと。今もし、手にした盃を飲み干したならばどうなってしまうのだろうか。

秘かに慕う郁を前に醜態を晒してしまおうものなら…と躊躇すればするほど手が震える。


「それとも私の酌では飲めないとでも?」

上目で覗くような表情は誘惑的で、けれどもその言葉は威圧的で、幸村が敬愛する信玄公の姫君とあれば断れるはずがない。

しばしの沈黙の後、「頂戴いたします!」と覚悟を決めた幸村はその盃を見事に飲み干した。


「っ…ぷはっ!!」


「それでこそ幸村。男ぶりが上がりましてよ」

喉から顔から全身を焼けるような感覚が幸村を襲う。頬がじわじわと赤く見えるのは酒のせいなのだろうか。


桜を照らす篝火のように、幸村の中でもぱちぱちと炎が爆ぜた。

悪戯をした子供のように笑う郁を見て、幸村の加虐心が燻ぶる。

「郁殿は意地が悪うござりまする」

郁の手から徳利を奪い取り、強引にその手を取ると、賑やかな宴の席から郁を連れ出してしまった。


「ちょっと、幸村!?」


唐突すぎる幸村の態度に郁は困惑したまま、幸村に腕を引かれて小走りで廊下を連れられる。


「酔ってるの?」


そんな郁の問いは聞こえていなのか、答えないだけなのか、幸村は郁の閨の前でぴたりと足を止めると、乱暴に襖を開け、押し込むように郁を閨へ入れた。


「郁殿は俺が酒を苦手だと知りながら、酒を飲ませて笑うておられる」

「笑って、って…そんなつもりじゃ…」

「真に意地の悪い姫君だ」

外で燃え盛る篝火は、微かにこちらへ明かりをもたらす。閉ざされた閨に幸村の闇を帯びた表情が淡く浮かび上がった。


「飲ませた郁殿が悪うござりまするな…」

「何だか変よ…幸村」

心の臓を射ぬかれてしまいそうな幸村の双眸は郁を黙らせた。

「俺は至って平常」

じりじりと距離を詰めようとする幸村に郁は唾を呑み後ずさりする。
広さは知れている閨の中、郁はすぐに壁に背を預けることになった。

「そう逃げずともよいではござりませぬか?」

幸村が手にしていた酒をごくりと飲むと、男らしい喉元を過ぎて行くのが見えた。

「さぁ、郁殿も一献」


そしてもう一口を含むと幸村は郁の唇を塞ぎ、薄紅の隙間をこじ開ける。


「んっ、」


口内に注がれた生温い酒は幸村の唾液と絡み郁の喉を通り、数滴口元に垂れる。

離れようと郁は幸村の胸を押し返すが、非力な女の抵抗など幸村にとって痛くも痒くもなく、郁の腕は容易く幸村に捕らえられてしまった。

息を継がせる間もなく幸村は郁を攻め立てた。

歯列を割り、ぬるりと舌を滑り込ませ、郁の口内にざらりとした感触を植え付ける。

「ゆき…むっ、ん」

微かに漏れる息も許さぬほどに容赦なく責められると、ついに立っていられなくなった郁はへなへなと畳に腰を落としてしまう。

「腰が砕けてしまうほど旨い酒でございましたか?それとも俺の舌が余程よろしかったのでございますかな?」

力なく座り込んだ郁に、幸村は内に燻ぶる火種を抱き淫靡な問いを投げる。

「どういうつもり?」

突然の仕打ちに頬を紅潮させ、唇を拭い、瞳を揺らせた郁は幸村に問う。

「この期に及んで何を申されますか…火を点けたのは郁殿だというのに」

幸村も腰を落とし郁と同じ目線でそう告げた。


「違う…こんなこと…だって、ずっと幸村のこと…好い…」

瞳から溢れ出る涙に唇は震え、声は上ずり、肝心な言葉が続かない。


「幼少のころより、郁殿の事をお慕い申し上げております…」

「本当に…?」

思いもよらぬ幸村の言葉に郁は真意を問う。
酒の席での冗談ではなかろうかと猜疑心が先に立つ。

「この真田源二郎幸村に二言などございませぬ」

それは疑う余地のないほど真摯な眼差しだった。
けれども強引に唇を奪われた恐怖と怒り、悔しさが込み上げ、幸村に返す言葉が見当たらない。


「でもこんなの、酷い…」

震えた瞳は鋭く幸村を見やる。


幸村は親指の腹で郁の目元を拭ってやると、二たびその唇に触れた。紅く濡れそぼったそこは微かに震えていたが、二度目のそれは目も眩むほどに甘く優しく艶めいていて…

「ふっ...ん」

紅色の端から零れ落ちた微音は幸村の情を煽り、駆り立てた。

「ではこの酔い、この炎を郁
殿、鎮めてはもらえませぬか?」
常からの幸村からは到底想像もつかぬ、欲を招く誘いに郁の鼓膜は揺さぶられ、心を惑わせる。


妖しく燃え盛る幸村の双眸に捕らえられた郁は、三たび贈られた口付けに酔わされる。
甘く疼きだした身体は幸村によって解きほぐされ、淫らに耽る時を待ちわびた。


後は身と心を焼きつくすだけ。


燃えて燃えて燃え尽きるまで。


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