戦国BSR|short
□浮雲
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昼の日中から縁側で茶をすすっている郁の姿を見つけた。
口から湯呑を放すとその口は半開きのままで、何をするでもなくただ空を見上げている。
なんとも呆けた姿だが、それを愛らしく思ってしまう俺がいた。
「何してんだ郁」
「あっ、筆頭ぉ」
俺の気配どころか足音にも気付かなかった郁だったが、別段驚いた様子もなく呑気に俺を呼んではへらへらと締まりのない顔をして笑う。
「雲を見てたんですよー」
「口開けてか」
「食べられるかなぁーって」
「You are foolish.」
「あ、今私の事莫迦にしませんでしたかぁ?」
「Ha,そういうところは鋭いな」
ひとたび戦場に立てば無残に敵軍を殲滅させる姿はさながら鬼か修羅のよう。
その華奢な身体や穏やかな容姿からは到底想像もつかない。
不覚にも返り血を浴びた郁の姿を見た時、俺は背筋が凍るような思いをしたもんだ。
女だてらに戦場にしゃしゃり出るな。などと言う輩もいたが、戦を重ねるうちに他の家臣どもも郁を一武将として一目置かざるを得ない存在になっていた。
ましてや奥州にとって郁は欠かすことのない戦力。
「落差がありすぎなんだよ」
「どーゆーことですか?」
頼りない口調に俺は肩を落とした。
戦場での姿と同一人物とは思えない、何とも頼りない郁だった。
それでも女であることに変わりない。
今までは運よく生きて帰ってこられただけで、戦場なんてものはいつ命を落とすか分ったもんじゃねぇ。
早々に身を引かせねぇと。
「郁」
「はい?」
「そろそろ刀を捨てて、ずっと俺の傍にいてくれねぇか?」
「またまたぁ何言ってるんですか?筆頭」
「へらへら笑うんじゃねぇ。本気だ」
「じゃぁこの前みたいに石田三成にボコボコにされたら誰が殿を務めるんですかぁ?」
「この減らず口が。二度と負けねぇから郁が殿を務める必要なんてねぇんだよ」
抜けてるかと思えば痛いところを突きやがって。
俺は郁の頬を引っ張って言い返したが、郁は何とも思っていない口ぶりだった。
「だから私は文字通りずっと筆頭の傍にいますよー。心配無用ですー」
「郁を危ない目に遭わせたくねぇんだ」
「私も筆頭を危ない目に遭わせたくないんですぅ」
「郁を守りてぇ…」
「私も筆頭をお守りしてるつもりですけど…役不足ですかぁ?」
「郁が愛しくてたまらねぇ」
何処まで行っても堂々巡りで、口よりも行動が先に出た。
俺が郁を抱きしめると郁の手から湯呑が転がり落ち、土の上が残っていた茶で滲む。
「……刀を持たぬ私などただの役立たずでしかありません」
「郁は俺の傍にいるだけで十分だ。戦場で傷つく姿なんざみたくねぇ」
郁の凛とした瞳は揺るぎない決心を映していた。
俺は離したくない一心で腕に力を込める。
「筆頭ぉ苦しいですぅ」
「離したら逃げるだろ」
俺の胸元に埋まったままの郁の頭がこくりと頷いた。
「だから一生離さねぇ」
「……あのー筆頭ぉ、そろそろ軍議ですよぉ」
「Wait a little more.」
「筆頭ぉの異国の言葉は分りません」
そう告げると郁はいとも容易く俺の腕を解いてしまった。
なぁ郁。
どうすれば俺の想いは伝わるんだ。いつまでたってもアンタの心は掴めねぇ。
「みんな待ってますよぉ〜」
何事もなかったかのように呑気な声で俺を呼ぶ。
それは自由気ままに空を流れる雲の様で。
郁の心はどこにあるんだ。
ひとりの女として貴方のお傍に居られたなら、それほど仕合せなことなどないのでしょう。
けれど私は刀を持って貴方のお傍に居ることを選びました。
貴方の気持ちに応えることのできない私をどうかお許しください。
心の底よりお慕い申し上げております。
政宗様。