戦国BSR|short

□揺心
1ページ/1ページ



―――――奥州筆頭


そう呼ばれる若き武将、伊達政宗は中庭に面した縁側に座っては手酌で一人、酒を飲んでいた。

差し詰め肴は雪白の月といったところ。


先ごろ奉公に上がったばかりの私を呼びつけて、政宗様は酌をしろと言わんばかりに徳利を突きだす。

人を圧する様な風貌の政宗様に畏怖の念を抱くあまり、情けなくも私は政宗様に対して及び腰になってしまう。


震える手で政宗様の杯に酒を注ぐ。
なみなみと注がれた杯を口に運び一息で飲み干す姿は、寒月と白銀の織物を敷き詰められた光景によく映えた。


これが品格というものなのだろうか。
などと見惚れていると「何だ…」と視線を向けられ身体が硬直した。

常より威圧的な政宗様に一たび睨まれれば、心の臓が縮こまるような恐怖を感じてしまう。


「い、いえ、何も御座いません。お酒を持って参ります」

とりあえずこの場から逃げたい一心で、私は空の徳利を手に取り立ち上がった。


ところが、片方の空いた手を政宗様に掴まれて、私は逃げ道を失った。

「冷てぇ…」

「でしたら、お部屋までお酒をお持ちいたしますっ」

「NO」


この場に居づらく何とか手を振りほどこうとしたが、引き戻された力が思いの外強く、私はそのまま政宗様の膝元にちゃっかりと埋まってしまう。

「もっ、申し訳ございません!!」

慌てふためく私を余所に、政宗様は私の手を放そうとはせずそのまま強く強く背を抱きしめる。

「冷えてるじゃねぇか…」

手も足も体中が池に張る氷のように冷え切った私の身体を政宗様の熱に支配されるようだった。


「あっ……酔って居られるのですね」

「俺がこれくらいで酔うわけねぇだろ」

確かに政宗様の言うとおり、それほど酒は飲まれていない。

ましてや“party”と称した宴の席で今晩以上に酒を飲まれた時も、頬を赤らめてさえいなかった。


だとしたら、これはどういうおつもりなのだろうか…。

からかって狼狽する私を見ては、楽しんでおられるとしか思えない。


「ご冗談は、おやめ下さい」

「酔いや冗談でこんなことしねぇよ。俺は…」

「ま…政宗様…」

政宗様の意図していることが見えず、私は困惑するばかり。

「冷てぇ体だな、郁」

名を呼んで抱きしめられれば、伝わる政宗様の体の熱が温かく、それはとても心地よいものに感じられた。


ふるふると頭を振り、刹那でも心地よさに身をゆだねようとしていた自分を律して、私は勢いよく立ち上がろうとしたが、さすがに男の力には敵わない。


「お放し下さいませ」

「離さねぇ、もう離せねぇ…」


呟くような言葉と共に抱きしめられた腕に力が籠る。

端正な顔に形のいい唇から紡がれた真摯な言葉に不覚にも心が揺らいだ。

気紛れ。
気の迷い。
暇つぶし。
お戯れ。


奉公に上がったばかりの私をからかって、遊んで、楽しんでおられるだけのこと。

だから真に受けてはいけない。


なのに…


皸と霜焼けでぼろぼろになった私の手を取り、あろうことか政宗様は指先を絡ませた。


「ま、政宗…様…」

まるで恋仲の男女がするような仕草に、私の頬は真冬の夜に牡丹のように紅く色づく。

思いもよらない行為に、私はただただ狼狽えるばかり。


「You are so cute.」

抱き寄せられ、指を絡ませられ、耳元とで囁かれる異国の言葉は、意味が分らずともとても甘く感じられた。


「政宗、様…?」

「俺はいつだって本気だ」

「けれど…」

「郁は俺の事が嫌いか?」

「い、いいえ…」

「OK, Are you Ready?」

「……」

不敵に笑う政宗様の言葉の意味も分らず沈黙してしまう。

「嫌いじゃねぇならイイってことだろ」

嫌いでないなら良しと解釈され、慌てふためく私を余所に、項に唇の感触が一つ。


一時の気の迷いだと肝に銘じても、私の意思は脆くも崩れ落ちそうで。


見上げた夜空に、私を嘲笑うかのように三日月がほの白く浮かんでいた。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ