薄桜鬼|series

□桃色日和
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まだまだ寒いけど、今日みたいに天気のいい昼間はあったかい。

優しい局長はともかく、鬼副長や他の隊士たちが出払った屯所でぽつんと一人、私は縁側で寝転がっていた。

「うーんと、こう…かな」
鼻歌交じりで千代紙を折っていく。

「できたー!」
今日に相応しいこの千代紙雛。

出来たことに満足して、今度は仰向けになって、うーんと伸びをすると肩が鳴った。

「でけぇ独り言だな郁」

「ひゃっ!!」

上下逆さまの視界に映ったのは怪訝な顔をした左之君だった。

「居たの!?」

「居ちゃ悪いか?」

しゃがんで顔を近づける左之君。だけど、視界が左之君でいっぱいでなるにつれて私の胸がうるさくて苦しくなってくる。


あまり近寄らないで!!その綺麗な顔を近づけないで!!


たまらなくなって起き上がると、なるべく気付かれないように左之君と距離を取る。

「わ、悪くないけど…左之君も出てると思ってたの…」

「ちょっと野暮用でな」

「そんなんで土方さん許してくれるの?」

「まともな言い訳しといたから大丈夫だ」

「何それ」

思わず笑ってしまう。

これくらの微妙な距離が私には丁度いい。左之君と笑っていられるから。


「あぁ…」

無造作に放り出された私の自信作。左之君はそれを手に取って微笑む。
駄目だ、左之君のこんな顔見たら平静でいられない。

縁側に二人して座っているけど、私はもう少し離れてみた。


「それにしても、こんな男所帯じゃ、雛祭りだの雛飾りだのとは無縁だな」

「別に、そういうこと気にして、これ折ったんじゃないから…左之君、気にしないで」

「そうか…」

何で左之君が寂しそうな顔するの?
いつもみたいに笑って、「女らしくしろよ」とか「男勝りだな」とか言ってよ。
今なんかは「似合わないな」って言うところでしょ。


「なぁ、郁。俺のこと嫌いか?」

「はへっ?」

唐突な問いに私の口からは何とも素っ頓狂な声が零れた。


何よ、急に。

しかも私を見る左之君の目は真面目というか…なんかこう…その顔で見つめないでほしい。まともに見られない。
思わず、そっぽを向いて目を逸らしてしまった。


「距離とって座って、目も合わせられねぇくらい嫌なのか?」

寂しい声がして、思わず振り返った。

「違うっ!!」

それに対しては真っ向から否定する。むしろその逆で、逆すぎてどうしてわからないから、こんなふうになっちゃうだけで、嫌いなことなんてない。


「違う、違うの、絶対にそんなことない!!左之君とお近づきになれたらどれだけ仕合せかなぁなんて思うのは高望ってやつで、いっつも“どうせ私なんか左之君には不釣り合い”って思ってばっかで…」


それだけは勘違いされたくなくて、本音を漏らしてしまったことに気づいて口に蓋をしてももう遅い。


嫌われたかも…黙ったままの左之君を見てると、一抹の不安が過る。



「よかった…郁の事が好きで好きで仕方ねぇってのに、郁に嫌われてるんじゃねぇかって気になってたんだ。新八や平助とは打ち解けてるのに、俺とだけはなんか距離があるっていうか…そうか、そうか」


綻ぶ左之君の顔を見て、誤解されずに済んだことにほっと安堵する。

うん?何か大事な所を聞き流してない?私。

「左之君、いま何て?」

「俺とだけ距離があるって…」

「違う、その前」

「あぁ、新八や平助とは打ち解けてるって…」

「ううん、その前、はじめに何て言った?」

慌てて聞き直す私に左之君は少しの間を置いて、真剣な眼差しを向ける。


「…照れるから何度も言わせんじゃねぇ」

そう言うと同時に抱きしめられた。
まるで時が止まったかのような、嘘のような、にわかには信じがたい言葉が耳元でささやかれた。


「好きだ郁」


まるで天にも昇るような気分というか、こんな男前、色男、引く手あまた、すれ違って振り返らない女はいない、非の打ちどころがない原田左之助を私が独り占めしていいの?

罰があたりそうなほど怖い一言を頂戴した私は身体が固まってしまった。


「さ、さ、さ、左之君。私じゃ不釣り合いすぎてなんとも言えない…他の女の子たちに申し訳ない気がして…」

「はぁ?何言ってるんだ郁。誰かに不釣り合いとか言われたのか?」

「ううん、違うけど…」

「不釣り合いなわけあるか。俺の方こそ、郁が俺を好いてくれてたなんて奇跡だ」

お互いに謙遜しあうあたり、まだ距離があるのか、それとも単に照れてるだけなのか…なんだかおかしくって、つい笑ってしまった。

「やだ左之君、奇跡だなんて…」

「笑うなホントだ」

額をくっつけてお互い笑い合った。
さっきまでの距離が嘘みたいに縮まって、胸のどきどきは速まる一方だけど、苦しいっていうかすごく楽しい。


「そうだ、こういうつもりじゃなかったんだけどな。これ」
思い出したように左之君が差しだしたのは酒瓶。

なんだろうと首を傾げていると、左之君は微笑みながら「一緒に呑もう」と誘ってくれた。

「もしかして今日が雛祭りだから、白酒?」

「郁が女だってのに、むさ苦しい野郎共はそんなことはお構いなしだろ。せめて俺だけでもって思ってな」

「ありがとう。お酒強くないけど…すごく嬉しい」

私の事を思って、私の為にしてくれた左之君の心づかいが心底嬉しかった。

「郁の部屋で呑もうか」

「土方さん達にばれない程度なら」

私たちの他にはだれもいない屯所で、私たちは手を繋いで部屋に入った。

全部秘密だから今日だけ、今だけは手を繋ぐくらいいいよね。





「あ、郁。これからは隊士たち皆の郁じゃねぇ、俺だけの郁でいてくれよ」

左之君って意外と独占欲強いの?

でもそんな左之君も大好きで私は「うん」と頷いて満面の笑みで返事をする。


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