薄桜鬼|series
□篝火
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新撰組屯所にて何故か私は夜の留守を預かっていた。
夕刻、総司の往診に来て「悪いが、ついでによろしく」と、局長に言われた。
それで、そのままずっとここにいる。
沖田総司がついでなのか。
留守を預かるのがついでなのか。
どちらにせよ、沖田総司の面倒をみるのは本当に骨が折れるという事だけは確かだった。
「行きたいなぁ」
「祭でもないから楽しくないし」
「せっかく京にいるんだから一度は見ておきたいよ」
「駄目」
「えー。どうしても?」
「どうしても、絶対に駄目」
「郁のケチ」
「ケチで結構」
薄暗い部屋で無意味な押し問答を総司と私は続けていた。
第一、松本先生が安静にしなさいと言われているのに、肝心の総司と言えば「送り火が見たい。連れて行って」のそればかり。
そう言えば祭の時も一苦労した。
「ねぇ総司。私と留守番していよ、ね」
日増しにやつれて行く総司を見るのが辛くて、怖くて、ましてや送り火なんて一緒に見れない。
「何でそんなに泣きそうな顔してるの?」
「泣きそうな顔なんてしてません」
思わず総司から身体を背けた。
「してるよ。ていうか、泣いてるよね」
強引に振り向かされて、総司の白い顔が灯火に滲んで浮かぶ。
「泣いてない…」
「僕が遠くに行くような気がした?」
総司の予想は的確すぎる。
私は一つコクリと頷くだけの返事をした。
「あはは、大丈夫だよ。この手はなかなか離せないからね」
明らかにやつれているのに。総司は気丈に振舞い笑う。
「漠然とした不安…なの…」
「医者なのにそんなに抽象的なの?」
総司が困ったように笑った。
「医者とかそういうのじゃなくて、私は一人の女として総司が…大切だから…」
「僕だって一人の男として郁が大切だよ。だからこの手は離さない」
まるで永遠を誓う様に総司は私の手の甲に口づけを落とす。
切なくて、苦しくて、辛くて、でもそんな私を総司は全部分っていて…
「どこにも行かないよ…」
ぎゅっと抱きしめられて、薄い着物の上から総司の身体の細さを知ると何も言えなくなった。
「こんなに泣き虫な君を置いてどこにも行けないよ」
総司の方が辛いのに、漠然とした不安ごと総司は私を包み込んでくれる。
「総司…上からなら見れるかも…」
「上?」
「そう、屋根」
「見える?」
「多分…。上がれる?」
「それくらい大丈夫だよ」
局長も副長もいない夜の屯所の屋根に上る。
「こっち、おいで」
先に上った総司が手を伸ばす。
私はその手を掴み、総司の隣に座る。
「見えたね」
「そうね」
満足気な総司の横顔を見て、私も満足した。
「北が妙法、東が大文字、西に左大文字と鳥居形、北西に船型よ」
「ね、どうして"大"が二つあるの?」
「室町御所の池に大文字が映った様子を見て西の大北山に大の字を灯したっていう説があるの。
東の如意ヶ岳の大文字が反転してるみたいでしょ」
「へぇー。そうなんだ」
「って、私も聞いただけなんだけどね」
「うん…」
総司は四方に灯る篝火をその目に焼き付けているようだった。
「こうやって送って行くんだね…幻想的だね」
「…そうね」
思わず、ぎゅっと総司の手を握った。
「大丈夫、何処にも行かないから」
総司は私の肩を抱き寄せ、約束してくれた。
まだ、今は、私の側にいると。