薄桜鬼|series

□トリック オア ...(前篇)
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放課後。

普段なら授業を終えた生徒たちは部活に者や帰宅する者で、廊下や校庭、校門付近が賑やかになるのだが、この時期は違った。

学園祭の準備に追われた生徒たちが活気に溢れていると言うか、浮足立っていると言うか。

校内全体が賑やかになる放課後だった。


廊下を行き交う生徒の足音や声をBGMにして、私は英語科準備室で、今日の小テストの答案を採点している。

○だの×だの、この子はこういうところが惜しいな。
とか思いながら赤ペンを走らせる。


メガネを外して眉間を抑えながら一息ついて、伸びをした。

コーヒーでも淹れようかと腰を上げる。


ガラッ


ノックも声もなしに準備室の扉が開く。


茶色い髪に深い緑がかった瞳。
私が教科を受け持つクラスの生徒。
沖田総司がそこに立っていた。


でもその風貌はいつもの制服姿とは違うから少し驚いた。

黒いマントに黒いスーツ。口から覗くのは牙。

どうもドラキュラの仮装というかコスプレをしていた。


そして彼は満面の笑みでこう告げる。


「トリックオアトリート!!」


「何?先生今テスト採点してて忙しいの。質問しに来たんじゃないなら帰って」


ことあるごとに私に構ってくるこの沖田総司が苦手だった。


「ウチのクラス"haunted house"するんだって。お化け屋敷だよ」

「ふーん」

「似合うと思わない」

「そうね。よく似合ってる」

「で、明日文化祭だけどハロウィンでしょ。だから、トリックオアトリートなんだけど」

「へー。用件はそれだけ?」

湯気立つカップを少し乱暴に机に置いた。


「ねぇ、郁ちゃん」

「先生って呼びなさい」

「二人きりの時は郁ちゃんでよくない?」

「よくない」


私とこの沖田総司とは教師と生徒以外何物でもない。

なのに、この沖田総司ときたら「好きだ」だの「付き合おう」だのやたら軽々しく言ってくる。

この子ならいくらでも彼女ができるだろうに。
年上でしかも教師の私なんかのどこがいいのだろうか。さっぱり分らない。


「だから、トリックオアトリートって言ってるじゃん」

「そんな遊びにつきあってる暇はないの」

「お菓子くれなきゃ、いたずらするよ」


確かに明日はハロウィンだけど、そんなの知ったこっちゃない。


ずかずかと大した用でもないのに準備室に踏み入る総司。

私は慌てて答案を伏せた。


「お菓子なんか持ってないから、さっさと帰って」

「じゃぁ、いたずらしちゃおっと」


「あのさー、沖田。私なんか構ってないで、同い年くらいの彼女作ってデートでもしてきなよ」

「何で郁ちゃんにそんなこと言われなきゃならないのさ」

一気に不機嫌になった。
ほんと子供っぽい。


「いつまで経っても私は本気にはならない」

「僕が本気にしてみせる」

「あ、っそ」
シッシッと言う様に手を払って総司に退室を促す。


「帰らないよ。郁ちゃんお菓子くれないし」

「だからないって言ってるでしょっ」
語尾が荒くなってしまった。

こんな年下高校生に苛々する私も大人げないけど、総司は私の平静を乱すことに長けている。


「ねぇ郁ちゃん…」

にぃっと笑った総司の口元。

じりじりと私に詰め寄り、私を壁際まで追い込んだ。


「やめなさい」

「何を?僕何もしてないよ」

揚げ足を取る総司。けれど、総司の言葉通りで私はまだ何もされていない。
危機は大いに感じるけど。


これでもかと言うくらいに私に顔を近づける。
深緑の瞳に私が写り込んでしまうくらいに。

無駄に整った顔が近寄り、思わず顔を背けた。


「郁ちゃんってメガネ取ると若く見えるね。高校生みたい」

クスっと笑う総司。
バカにされたみたいで腹が立つ。

こんな年下なんかに。高校生のクセに。ガキのクセに。


「離れなさいっ」

「命令するのやめてくれる?」

私よりも上背のある総司は、私を覗きこみ影を落として、鋭い眼差しで私を射る。


嫌悪というよりも恐怖。

恐怖というよりも…


深緑の双眸は魅惑的で、正直心の内では打ち消したい気持ちが芽生えていた。

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