薄桜鬼|series

□ひめごとはじめ
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しんしんと静かに雪が降り積もる大晦日の晩。

除夜の鐘は静まり返った町に響き渡り、屯所に残る非番の隊士たちは新たな年を迎えるべく、蕎麦を啜っていた。







百八の音は止んでも、雪白は相も変わらず滔々と闇夜に降り続く。

床に就く者居れば、宴会とばかりに酒を煽る者もおり、屯所内は各々思い思いに新年を迎えていた。

こんな殺伐とした世の中でも、せめてお正月らしいことを思い立ち、私は随分前からこそこそと炊事場を借りてお節の用意に勤しんでいた。

何せ大所帯な新撰組。いつになったら終わるのやらと思うと気が遠くなりそうだった。


「はぁー、寒っ」

「ひゃっ!!」

ようやく最後のお重に料理を詰めていると、聞き慣れた声とともに突然抱きすくめられ、菜箸ごと料理を落としてしまった。


「お、沖田さん!!」
「こんな日に巡察なんか当たっちゃって僕ってついてないよね。で、帰ってきたら酔い潰れて寝てる人もいるし最低の気分。こっちはこんな寒い中、しかも大晦日に働いてるっていうのにさ」


つらつらと口を吐くのは愚痴ばかりの沖田さん。私を解放してくれる気配もなく、冷え切った沖田さんの身体に私の体温は奪われるようだった。


「第一、帰ってきたら年が明けてるんだよ。それに愛しの郁ちゃんがお出迎えしてくれないしほんと最悪だね」

「皆さんに召し上がっていただこうとお節を用意していたんです。そんなこと言って拗ねないで下さい」

「拗ねてなんかいませんよー」

振りかえると、だんだらの羽織を纏い鉢金を付けたままの沖田さんが唇を尖らせていた。


「もしかして沖田さん、巡察から戻られて私を探してました?」

「何で?どうして僕が郁ちゃんを探さなきゃいけないわけ?」


私が出迎えてないからどうのこうのって言っていたくせに、いざ私が尋ねると沖田さんは歩が悪くなったかのように辻褄の合わないことを言い出す。

「いい匂いがしてきたから来ただけ」

ただ重箱に詰めているだけだから、そんなに匂いなんてしないと思うけど…けど、沖田さんがそう言うならそういうことにしておいてあげようかな。


「あ、沖田さんまだ年越し蕎麦食べてないですよね。ちょっと待ってて下さい、すぐ用意しますから」

「もう年越しちゃってるから要らない」

そう言って沖田さんは重箱に詰めたばかりのお節料理を摘まんだ。

「うん、美味しい」

「ありがとう…って、ちょっと待って下さい!!皆さんの分と思って作ったんです。摘まみ食いは駄目ですよ!!」


「みんなの分って何か面白くないなぁ」

「面白くないって何ですか!?少しはお正月気分でも味わっていただければと思ってるんです」

「だって隊士みんなってことは僕だけ特別じゃないから面白くない」

「子供みたいなこと言わないでください」

「僕の郁ちゃんがみんなに等しく優しいだなんて嫉妬しちゃうよ」


私はまた抱きしめられて身動きが取れなくなってしまっていた。

「……心配しなくても沖田さんは特別です」

ぐいっと沖田さんから身体を放すと、しっかりと沖田さんの顔を見つめ私は気持ちを伝えた。

「こういうことです」

だんだらの袖を引っ張り、一生懸命背伸びして沖田さんに口づけを一つ。


ひんやりとした感触は刹那。でもそれは永遠にも思えた。


口元を押さえて沖田さんは俯いていた。よくよく見れば耳が赤くなっている。

普段は自分からこういうことしてくるくせに、不意を突かれると弱いってことを私は知っている。


「まったく君って子は」

溜め息を吐き呆れたように眉尻を下げた沖田さんだったけど、表情はとても柔らかく優しい。

「仕方ないなぁ。それじゃぁ僕の部屋でお正月らしいことしよっか」

「へっ?はぁっ!」

にっこり微笑む真意は鈍感な私にも十分理解できた。


手を取られて戸惑う私は沖田さんの部屋に連れらる。

「沖田さん。ちょっと待って下さい」
「駄目。待たない」

暗く冷え切った沖田さんの部屋には一組の布団が敷かれているだけだった。

早々に私は柔らかく冷たい感触に背を押しつけられ、沖田さんに組み敷かれると身体が小刻みに震えだした。

「怖い?」

「そうじゃなくて、寒いんです」

「じゃぁ大丈夫。すぐに熱くなるから」

明かりのない部屋でも沖田さんの浮かべた笑顔はしっかり捉えた。

ひんやりとした手の感触、唇の感触も沖田さんの言葉通り、徐々に熱を帯びて身体が火照り出す。


「僕だって郁ちゃんが特別だからね」

「はい…」




布団から飛び起きると、とっくに陽は高く昇っていて障子を介して部屋に注がれる明かりはいつもより白く感じた。

「もうお昼だよ」

隣には満足気な笑みを浮かべる沖田さん。

「あっ、あの私…」

「そのまま寝ちゃったみたいだね」

「お節、皆さんにっ!!」

慌てて着物に袖を通す私の腕を沖田さんに引っ張られ、布団に引き戻される。

「みんな勝手に食べてるよ。それより僕たちも…」

困った顔をして見せても「ねっ」と笑顔で念を押されると、結局そのまま流されてしまう。

「郁ちゃんが可愛いからいけないんだよ」

「っ…また、そんなこと…」

沖田さんの熱に感化され、一度は冷めた私の身体も熱くなり、鼓動は高鳴った。

「みんなには秘密だからね」

「そんなの…分ってます」

こうやって秘め事を重ねて私と沖田さんは特別になる。







きれいに空になったいくつもの重箱が炊事場に置かれているのに気付いたのは日が暮れかけた頃だった。



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