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□01:斜め上を行く男
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いつものように暗いクラブハウスの廊下に光が一筋漏れていた。
「お疲れ様です」
その一室、元用具室に立ち寄り、一言。
次節対戦チームの分析をしているのだろうけど、その表情が真剣そのもので、きっと私の声なんて聞こえていないと思っていた。
「おーお疲れ…って、あー。待って」
テレビに視線を向けたまま、私を引きとめる。
声だけ聞いて、私が誰か理解しているのだろうか。
手招きされて、仕方なく部屋に入る。
嫌々というわけではなく、仕事の邪魔をしているようで気が引けた。
達海さんはリモコンに手を伸ばし試合のDVDを停止する。
「私、特に用があって来たわけじゃないんで、どうぞ達海さんは次節の相手のゲーム見て下さい」
「ん、いや。俺、アキヲに用があるんだよ」
ぐいっと腕を引っ張られる。
片膝を立てて猫背の達海さんの真ん中にすっぽりと収まってしまった。
あぁ、嫌だこの展開。
「何ですか?」
「ハグ、だよ。ハグ」
背中からギュッと抱きしめられる。
「ジャケット皺になるんで止めてもらえますか?」
「脱ぎゃいいじゃん」
その言葉と共に、私は上着を脱がされた。
まるで自分の服のように無造作にそれを床に放り投げる達海さん。
「ほら、こっちの方がいい」
「どういう意味ですか?」
「うーん…」
意味のない、どうでもいいような達海さんの声。
ちりっと焼けるような微かな痛みをうなじに感じた。
「痛いです…」
「だろうね、噛んだから」
「えっ!?」
「腹減ったー」
「ご飯食べて下さい」
「その前にアキヲを美味しく頂こうかなぁ」
「はぁっ!?」
ぷつり、ぷつり、ぷつり…
達海さんの節くれだった指がブラウスのボタンが上から順に外していく。
嫌な素振りを見せながらも、結局私は達海さんの策にハマる。
悔しいくらいにいつものように。
辟易していた。なし崩し的なこの展開に。
「た、達海さん?」
「うーん?」
少しずつ露わになる私の肌に達海さんの唇の感触が散らばる。
もう何度目か分らない。
でも私は達海さんに好意を寄せているのは事実で、きっと敏い達海さんのことだから、私の気持ちに気づいている。
でも、私はこの人の内側を読めずに燻ぶっていた。
肝心の達海さんは、そういうところはオープンというかフリーダムで奔放な雰囲気だから、気にはしていないのだろうけど。
下着姿の私は、身体を振り向かされ、達海さんと視線があう。
向かい合わせになった達海さんはニヒーと笑う。
おもむろにシャツを脱ぎ捨てると、現役を引退して10年経った今でも引き締まった素肌を晒す。
「てか、アキヲ。何でそんな泣きそうな顔してんの?」
「…どうしてこんな関係になってるのか分らなくて…」
「好きだからに決まってんじゃん」
「私が…達海さんを…」
「俺がアキヲを」
一瞬耳を疑った。
それはないと思っていたから。
「え、何!?俺、言ってなかったけ?」
目を丸くして驚く裸の達海さん。
この人どういうつもりで言ってるの?
「達海さんの口から、そんな言葉聞いた覚えありません。好きなのはフットボールだけかと思ってました」
どうやら、達海さんは言ったつもりだったらしい。
適当すぎてビックリするやら腹立たしいやら。
「悪るかった。アキヲを不安にさせて」
ぎゅっと抱きしめられて、頭を撫でられて。
私の鼓動が速くなる。
「んじゃ、改めて」
しっかり私の目を見て、達海さんが口を開く。
「結婚しよ」
「はぁ!?」
「明日区役所行って、赤色のやつ貰ってきて。あれ、婚姻届って緑だっけ?どっちだっけ?」
「どっちでもないです。茶色です。ちなみに緑は離婚届です」
「それは貰うなよ。絶対貰うなよ」
いつの間にか私は達海さんに組み敷かれて、私を見下ろす達海さんはニヒヒと笑った。