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□03:嫉妬する男
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営業でクラブハウスに居ることもほとんどなく、顔を合わせることなんて滅多にない。
おそらく、敢えてそうしていた。
互いに。


「あー、気になる。俺すっげー気になるんだけどっ!!」
練習後も相変わらずうるさい世良。

「あのしれっと流すところが気にいらねぇなっ!!」
黒田もうるさい。
というかそれ以上に暑苦しい。

「案外嘘だったりして。な、堺っ」
丹波はどうして俺に話を振るのか分らない。

「さぁ」
「冷めてるなー」
驚きはしたが、特に興味はなかった。


監督、達海猛が結婚したと言う事に。


本人も言うつもりがなかったのだろう。
それともそんな報告はフットボールとは無関係だと思っていたのだろうか。


「タッツミーそれマリッジリングだよね?」
昨日まで存在しなかったらしい左手薬指のそれを、ジーノが指摘したことが事の発端だった。

「あっ、そうそう、俺結婚したよー」
忘れてたのかというくらい、思い出したかのようにさらりと報告していた。

世良が「相手は誰っすか?」と尋ねると、「女」とだけ答える始末。
夏木が「どんな人ですかっ!?」と食い入る様に尋ねると、「28歳?25だっけ?あれ、6?とにかく四捨五入して三十路の女」と相手に興味ないかのような返答。

高校生でもあるまいし、そんな話よりさっさと練習を始めないのかと、おそらく、俺だけが苛々していた。

ウザいくらい今日一日、専らこの話で持ちきりだった。



「堺ー。お前も呑みに行くだろー」
「いや、俺は帰る」
「何だよー既婚者」

練習を終えた俺たちはがやがやと、静まり返った食堂を通りすぎる。
夕陽の差し込む食堂に、ぽつんと一人アキヲの姿が目に留まった。


「…じゃぁな。お疲れ」
他のベテラン、若手を先に見送り、俺の足は自然と食堂へ向かう。

チルドカップのコーヒーにサンドイッチ。コンビニの小さな袋がその傍らに置かれている。

「こんな時間に何飯だ?」
サンドイッチを頬張り、手帳に何やら書きこんでいたアキヲは視線を俺に向けた。

「昼ごはん」
「遅いな」
「出てたから食べそびれてたの」

椅子を引いてアキヲの正面に座る。

「お疲れ様。堺サン」
また視線は手帳へ。
俺に帰れと言わんばかりのアキヲの態度。

「どうせ、ちゃんと食ってねぇんだろ」
「時間が不規則だから仕方ないでしょ」
アキヲはむっとした表情を俺に見せた。

「また、倒れるぞ」
「誰かさんがウチでご飯作ってくれた頃が嘘みたい」
右手のペンをくるくる回しながらアキヲが呟いた。

俺は思わず言葉を失った。

「良則君の奥さん傷つけちゃったね…」
「あいつは今でも知らない」
「女は鋭いから、クレバーな良則君がどんなに上手く立ち回ってもバレちゃってるよ」
「言われたことないな」
「言わないだけだよ」

仕事もプライベートもぼろぼろになったアキヲを慰めたのがきっかけ。
最低の背徳行為と十分理解していたが、俺から止めることは出来なかった。

別れを切り出したのはアキヲ。
ずるずると隠れて偽物の恋人を演じながら無駄に過ぎていく日々と、顔も知らない俺の隣にいる"妻"の存在がアキヲを苦しめていた。

サンドイッチを食べ終えた手がチルドカップに伸びる。

左手の薬指が輝いた。
イラつくくらいに眩しい。

「男いるのか」
「別れてから何年経ってると思ってるの?」

チルドカップを置き、二つ目のタマゴサンドを口に入れる。

「あー、アキヲみーっけ」
二人きりの静寂に割り込んできた呑気な声。
もう少し踏み込んで聞きたかった俺は、監督の登場に内心舌打ちをした。

「どうかしました?達海さん」
「あ、タマゴサンドもーらいっ」
「ちょっと、私のお昼ご飯」

監督は俺の目の前で、アキヲの食べかけのサンドイッチを根こそぎ頬張る。


「あ、そうだ。仕事のあと、家具買いに行こーぜー」
「家具って?あの狭い部屋に何置くんですか?」
「ベッド」
「あるじゃないですか」
「アキヲん所のだよ。あれ小さいから、デカイやつがいい」
「えっ、ウチの広さ考えてください。あれ以上は無理です」
「何でもいいから新品にしよー」
監督はアキヲの隣に立ち、アキヲを見下ろしながら何気ない会話を交わす。

まるで俺はここに存在しないかのような会話。
夕陽に反射する指輪が眩しすぎて目が痛い。

そして気付かされた。

苛々する。
アキヲがもう二度と戻ってこないことを思い知らさせて。


「お疲れさんです」
ガタっと大きな音を立てて椅子を引き、無愛想な挨拶をする。

「おー、お疲れぇー」
「お疲れ様です」
アキヲも声をそろえて言う。

「あ、堺。いいこと教えてやるよ。He who runs after two hares will catch neither.」
「何だよ、それ」
「さっさと帰って家族サービスろってこった」

結局俺は追いやられてしまう。

身勝手な男だ。
ポジションを二つも欲しがるなんて。

きっと俺はこれからも二人を見て苛々するんだろう。
監督の言う通り俺には俺の守るべきものがあるというのに。




「達海さん、ちょっと痛いんですけど」
アキヲの左隣に立つ達海はアキヲの手をぎゅっと握っている。

「ん、あぁ…」
「何処にも行きませんよ。私」
困った人だと言わんばかりにアキヲは達海を見上げる。
夕陽を浴びて、ニヒーと笑った顔が子供のように無邪気に輝く。

「ところでいつから居たんですか?」
「堺を良則君って言ってたところくらい?いや、ご飯作ってもらってどうのこうのってとこか…」
「盗み聞きですか!?」
「あんな会話されたら入り辛かったんだよ」
「だからって…」

「やっぱ一緒に住む?」
「無理しないでください。毎日ご飯作って通いますから」
「約束なー」
達海は小指を突き出し、アキヲに約束を求めた。
「約束です」
ふふと笑いながらアキヲも小指を出し絡ませた。



何が何でもベッドは新調したい。
他の男と使ったベッドなんて嫌なんだよ。


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