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□11:つもりの男
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帰り際、もう一度ここに来るけど、一応挨拶はしておこうと達海さんの部屋をノックした。

「お疲れ様です…達海さん」
「うん、お疲れー」
「後でご飯持ってきますね。何かリクエストありますか?」

「じゃーオムライス」
「分りました。期待しないで待ってて下さい」


部屋を出ようとすると「あのさー」と呼びとめられた。

「何ですか?達海さん」
「アキヲ、いつまで俺のこと達海って呼ぶの?」
「いつまでって、達海さんは達海さんでしょ」
「アキヲも達海だろ」
「はぁ?私、結城ですけど」

「え!?」


寝耳に水だったのか、普段は眠そうな目を、これでもかとばかりに見開いた達海さん。

「戸籍謄本と戸籍抄本がまだなんで、受理どころか提出すらできてません」

「はぁっ?」

「だから達海さんと私とはまだ入籍していません。夫婦ではありません。というわけで"達海さん"なんです」

「何で言ってくんねーの?」

「散々言いましたけど…」

「そーだっけ」
「そうです」
「わりぃ」

「構いませんよ、た・つ・み・さんっ」

「うっわー、絶対機嫌悪いじゃん」

皮肉も交えて冗談のつもりで言ってみたけど、けっこう堪えてるっぽい。

「いえ、本当に急いでないので大丈夫です」
「何で?」

「え、何でって…」
戸惑った。

「何で」なんて聞かれて。

「世の中の女ってどう考えてるか知んねーけど、アキヲはどうよ?"早く結婚したいわー"なんて思わねーの」

「いえ、別に。そもそも結婚そのものが急だったじゃないですか」
「うん、まーそーだけどさ」
「私は達海さんのペースに合わせます」


「何でそんなこと言えるの?」
「だって、達海さんの大切なフットボールの妨げになるようなことだけはしたくないんです」
「おかしくない?それ」
達海さんの視線が鋭くなる。

どうやら私は機嫌を損ねてしまったようだ。

さっさと部屋を出るはずだったのに、達海さんと向かい合わせに座らされて、まだまだ長くなりそうな気がした。


「まるで俺がフットボールだけの人間みてーじゃん」
「え、そうじゃないんですか?フットボールバカだと思ってました」
「全力で否定できねーのが悔しいけど、俺フットボールだけじゃねーかんな」

ドンっ

背中が痛い。

DVD、資料、雑誌、フットボールに関するあらゆる物が散らかった床上の隙間に押し倒された。

「私は達海さんの中にどこかに居られれば満足なんです」
「ちゃんとここにいる」

私に影を落とした達海さんは自分の胸を差しながら私の居場所を示してくれる。

「そこはフットボールじゃないんですか?」
「んじゃ、アキヲとフットボール」
可笑しくて笑ってしまった。

その答えがいかにも達海さんらしくて。

「真剣なんだけど」
「嬉しくて笑ってるんです」
「どーして?」

「だって、ずっと達海さんの全てを占めてたフットボールが、出会ってたかだか数カ月の私が同じくらいのポジションに居られるんですから」
「ほんと変わったやつだな、アキヲって」

「そっくりそのまま同じ言葉をお返ししますよ達海さん」

額を合わせて馬鹿みたいに二人で笑い合った。


「遠征中でアキヲがいなくても、ちゃんとここにはアキヲがいるから」

急に真面目な顔をされて、男の色気みたいのが垣間見えて不覚にもときめいた。

胸を差して私がいると。
私の存在を教えてくれる。

「私のここにも達海さんがいますよ。いつでもどこでも…」
達海さんの手を自分の左の胸に導く。
「ったく…」
私の上にある達海さんの表情は何かすごく困っているように見えた。
「どうかしました?」
「あのな、どうもこうもねーだろうが」
そう言って達海さんは私に覆いかぶさる。

「えっ!?」
「物事の分別はつくいい大人だけどな、俺。これはさすがに我慢できねー」
「ちょっと、オムライスは!?夕ご飯作りに帰らないとっ」
「俺、一番美味いものを先に食べる主義なんだよ」

「え、あの、そういうつもりじゃなかったんですけど」

「じゃぁお前はどういうつもりで男に胸触らせんだよ」
「どういうつもりって、そんなの達海さんだからに決まってるじゃないですかっ!!」
「じゃぁ決まりなー」

ほら、また、そうやって笑う。

額に、頬に、唇に、達海さんの唇の感触。

熱っぽい双眸に私だけを写して、達海さんの罠にかかった。








まさかまだ婚姻届を出してないとは知らなかった。

けど、俺はとっくにそのつもりだったし、今更何も変わりはしない。
俺、こんなだからいつ飽きられるか分らないけど、俺から離れることはないと断言できる。

こうやってアキヲに触れることができるのことが当たり前の幸せになっているから。



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