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□災い転じて何とやら
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クラスメートに男子校の彼氏がいて、その友達を紹介してもらった。
私より背が高い人。女の子にモテそうな人。それだけの印象。
「つきあおっか」会って何度目かにそんなことを言われた。
いいかな。って思った。だから首を縦に振った。
でも手を繋いでもキスをしてもドキドキすることはなかった。

彼の部屋で、彼といい雰囲気になった時、渚の笑顔が頭をよぎる。
「ごめんっ」ただその一言を残して私は急いで彼の部屋を飛び出した。


着いた頃には真っ暗だった。
隣の渚の家で息を切らせて立ち止まる。
渚の部屋は明かりもついてない。

早く謝らないと。早く伝えないと。

「あれどうしたの?伊紅ちゃん」
振り返るといつもと変わらない渚の姿があった。

「僕に用?入りなよ」
あの時何もなかったかのようにいつものように笑って渚は私を招き入れる。

渚の部屋に入って、渚の声を聞いて、渚の笑顔を見て、それだけで涙がボロボロと溢れ出した。
「何泣いてるの?」
「ごめん、渚。私、あの時渚に酷いこと言った」
「だから謝りに来てくれたの?」
ぐしゃぐしゃの顔は見られたくなくて、うずくまって俯いたまま頭を振った。
「それだけ?」
私の顔を覗き込んで渚は尋ねる。
ふるふると顔を横に振って答えた。
「教えて…?」
渚の声は優しい。でも私の気持ちを知ってる顔してる。それでも言わそうなんて、あぁなんて意地悪。

「渚のことがスキ」
「うん、知ってる」
ぽんぽんと私の頭を撫でて、私の涙を指で拭いて、私の髪を耳にかけて、渚は私にキスをした。

「もーホント意地っ張りなんだから伊紅ちゃんは」
「分かりきったようなこと言わないでよ」

可愛い顔して全部見透かしたような渚をキッと睨んだ。

「僕、伊紅ちゃんのこと大スキだよ」
にっこり笑顔を見せて私の頬を撫でる渚。
「知ってる」
悔しいのと恥ずかしいのと嬉しいのとないまぜになった気持ちが溢れてしまう。
悟られたくなくてギュッと渚に抱きついた。

手を重ねて、指を絡めて、見つめ合って、クスクスと笑い合いながらもう一度キスした。

ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、
啄むようなキスを何度か繰り返し、舌を絡めた。息が上がる。離れないと。
唇を離すといやらしいくらいに糸が引いて、顔が赤くなる。

「もう離さないからね」

いつもの笑顔の奥に、別の顔が見える。
渚にそんなこと言われてしまえば、私はもう逃げられない。

「どこにも行かないよ…」

初めて知った男らしい渚の姿。




「僕また背伸びたんだよ」
「そうなの?」
「もうすぐ伊紅ちゃん抜いちゃうね」
「えー、渚に見下ろされるのは何かヤだなー」
「もうやって僕が上になっちゃえば今でも十分見下ろしてると思うけど」
「ばっかじゃない」



意地っ張りな私は遠回りして、結局は元いた位置に戻る。
でも並ぶ距離はもっと縮んだから良しとしよう。

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