オリジナル小説

□【禁断の果実】…短編小説
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【溢れ出る涙 拭う左手・番外編】…(これは2人が出会う前のことです)







人を見て  綺麗だと思ったのは初めて

一瞬  空気が 止まって見えた



風に浚われるように流れた 黒髪

その下から覗く 白い肌

顎のラインを辿る間もなく こぼれ降りてきた髪が  その人の口元を印象付ける



サラリと絹糸の様に降りてきた黒髪から覗く  その唇は

まるで  甘く  人を誘うような・・・ 


・・・そう・・・



    禁断の果実




「お〜ぃ、真一。何ボーっとしてんだよ。…授業遅れるぞ。」


クラスメイトの呼び声に、沢村真一は我に返ったようにそちらを向いた。

冬の真っ只中・・・寒空の中庭に人影…  

中庭の渡り廊下での教室移動の最中
自分の見た光景は、一瞬の幻・・・・  ?


「悪ぃ…今行くから…。」


クラスメイトにそう答えつつ、戻した視線の先。

先ほどの人物の影はソコには無い・・・。


(・・・見た事無い・・・奴だったな・・・。)


此処は私立慶南高校・・・幼稚舎から大学院まである都内でも有数の進学校だ。

真一は高等部からここに入っていた・・・いわばよそ者。

入った当初は苦労したものだった。

外部生=内部生より出来が良いのが基本

その居心地の悪さといったら・・・今は思い出したくも無い・・・



しかし、今は1月ももう中盤・・・正月休みののほほん気分も何とか治り
慌しい・・・しかし、何も無い学校生活にも、体は大分なれてきていた。

居心地の悪さは、真一の笑顔と、明るさで、夏休み前には解消されていた。
真一は人の顔色を伺うのが上手い・・・
人の役に立つ事を直ぐに見つける。

真一の周りは絶えず笑い声が聞こえてくる・・・
そんな明るい場所・・・

そうしたのは真一自身。
自分が居心地が良い様に努力し・・・作り変えた。



自分の居場所を・・・作りたかったから・・・



家の中は殺伐としていた・・・

自分の声を聞き入れてくれる・・・そんな人間が一人も居ない家の中

笑っていたくて  一人じゃないと感じたくて  

真一は学校内に居場所を作った



そうしてしまわなければ・・・ 自分の存在理由を考えてしまう

一人で居ては  何故生まれてしまったかのかさえ 疑問として浮かんでくる




この10ヶ月・・・真一は勉強もせず、仲間をつくり、時間などお構い無しに遊びに向かった。

それが父の気に食わぬ行為だったとしても

息のつまるような、家の中で
心臓さえ鳴らしてはいけないのかと 小さくなりながら過ごすよりは・・・ 

殴られ、罵られるる方が・・・  幾分マシだったのかも知れない






(気のせい・・・?)

真一は小さく小首を傾げ、5時間目の授業の為に科学室へと向かう事にした。

自分の見た一瞬の光景・・・ それを脳裏に焼き付けつつ・・・




          *





それが幻ではなかったという事に、真一は丁度一週間後の教室移動の時に気が付いた。

一週間前のあの日と同じ昼休み

5時間目の授業の為に向かう科学室 ・・・ふと足を止めた渡り廊下・・・

そこから微かに見えた人影・・・それは紛れも無く アイツ だった。

ほんの僅かに垣間見た後姿

風に揺れた黒髪・・・

真一は、上履きのまま後を追うように・・・ まるで惹かれ追って行くかのように その後を追った。

(何やってんだ・・・俺・・・)



キョロキョロと周りを見回しながら、その人影を探す。
  (見つけ出してどうするつもりだ・・・・)

自問自答しながらも、真一の足は止まらない。
  (・・・声でも・・・掛けるつもりなのか・・・?)



しかし見つからないその姿・・・
余りに儚く見えたせいだろうか・・・

幻の様に・・・  思えてくる・・・



印象的だった口元・・・
今でも脳裏にこびりついているようで・・・



他人に望まれたいと思いつつも、人に見入った事など ・・・望んだことなど今まで只の一度も無かった真一。

只一度・・・両親からの愛を望んだ意外には




一人が怖くて  一人で居る事に怯えないで済む様に

自分を慕ってくれる人物は拒む事無く 去っていく人物を追うことも無かった。

真一にとって “トモダチ” あるいは ”ナカマ” なんてものは、自分の孤独を埋めてくれる・・・そんなものでしかなかったから・・・



一人で居なくて済むように・・・

適当に笑いあって、その場が楽しめて・・・ そんな “他人” が数人自分の傍に居てくれたら良いだけの事・・・

それが誰であっても構わなかった

昨日トモダチだった奴が、今日いきなり自分を無視しても

他の ナカマ が自分を受け入れ ソコに自分の居場所があれば・・・さした問題でもなかったのだ。



この人が良い・・・

この人じゃなければ駄目・・・

     ・・・心のどこかで、それを望んではいけないと自分に言い聞かせていたのかもしれない



人に執着すれば何時か裏切られるかもしれない
その人しか要らなくなってしまったら・・・居なくなられた時に・・・立ち直る事なんて出来はしない。

必要とされない者の痛み・・・ 真一は生まれてから今日まで・・・嫌というほど味わってきた。

父には 『お前など要らない』 と罵られ
母には 『生むんじゃなかったと』 零された

望めば ・・・ソコには絶望という恐怖が付いてくる

望んで 手に入らなかったら・・・傷付くのは 他の誰でもなく  “自分”



適当に寄って来た仲間・・・友達・・・

寄せ集めの・・・  ・・・思い入れの無い連中なら気は楽だから・・・




それでも、中学を卒業するまでは頑張ってきた。

自分も “愛される息子” になりたいと・・・

父や・・・母の・・・愛が欲しい・・・と・・・




出来の良い実子である兄を可愛がる・・・父

兄よりも優れたものが、一つでも自分の中にあれば、愛して貰えるかもしれない・・・っと

小さな・・・ 淡い期待を持っていた・・・

兄の出た高校・・・ソコより良い学校を受けたのもそのせい・・・

淡い期待は、真一に勇気をくれた・・・

此処で頑張りきれば・・・自分も、兄同様とまではいかずとも   ・・・ほんの少しは・・・愛して貰えるのでは・・・っと。



死に物狂いで勉強した。

この高校に受かる為・・・

都内でも有数の進学校に外部受験で入れたなら、何所にでも自慢の出来る息子になれると・・・

両親の 小さな・・・  小さな・・・愛でよかったんだ・・・

ほんの一欠けらで良い・・・生まれてきた事を後悔し続けてきた自分に・・・

ほんの少し・・・ 光が貰えるたら・・・  っと・・・



足元を照らせるだけの  小さな光でよかった

自分の道を ・・・これから歩んでいけるように・・・

(俺の存在を・・・認めて欲しかった・・・)




しかし  思い知った現実

突きつけられた結果は、何時もと何も変わらぬ日常だった。

褒められる事も、優しい言葉も・・・視線を絡ます事さえしては貰えなかったのだ・・・。




真一は思う・・・ コレが現実  コレが・・・全て・・・




他に何かを望んだことなど 只の一度も無かった・・・

ただ・・・  ただ・・・   両親からの愛が・・・欲しかった・・・






そんな痛みの傷・・・

癒える筈など無い・・・



しかし、今自分は・・・ 見知らぬ・・・ 何所の誰かも解らぬ者を・・・・ 探している・・・

(見つけてどうする・・・)
不意に立ち止まった足。

(声を掛けて・・・友達にでもなろうというのか・・・)
噛締めた口元から・・・乾いた笑いが零れそうになる


たった2度ほど見かけた相手。
顔などちゃんと見たわけではない・・・まして名前さえ・・・

そんな相手をウロウロと嗅ぎまわるように探している自分・・・。

ふと視線を上げた瞳に  ガラス窓に映った自分が見える。

その姿はまるで迷子の・・・  イヤッ・・・捨てられた子猫のよう・・・

縋りつく手を求め彷徨っている・・・ そんな表情(かお)

一人では生きていけぬような・・・  ・・孤独にさいなまれている自分の 表情





思わず零れそうになった 涙

自分の見た ・・・自分の姿   それが余りにも哀れに見えてしまったから・・・




引き返す足 ・・・まるで重たい鉛が張り付いているよう・・・



何故他人に心動かされたのだろう・・・

何故・・・追って来てしまったのだろう・・・



追って来なければ・・・  イヤッ、あの日、アイツを見かけなければ・・・

自分が可哀想な人間だったなんて忘れていられたかも知れないのに・・・

適当な仲間と笑い合い、下らぬ話で自分を誤魔化し続けられたかもしれない・・・



誤魔化し続けてきた自分の中の “淋しい” という感情が胸に・・・体中に・・・溢れ出す・・・



脳裏に蘇る 果実のような 紅い唇



もう、他人など望まぬと心に決めていた筈 ・・・それなのに

一瞬で魅入ってしまった  自分

真一の脳裏から・・・その果実が消える事は無かった・・・





               *





ガヤガヤと人の話し声が絶え間なく聞こえてくる温かな職員室。
真一はぼぅっとそこに立っていた。

あの忘れられぬ光景・・・
見てしまった日から3ヶ月・・・ 真一は一日だって忘れる事など出来はしなかった。




一度心に蘇ってきてしまった淋しさは  ・・・禁断の果実を口にしてしまったアダムとイブの様・・・




今はもう、4月・・・・2年にギリギリで進級した真一にとって、職員室は・・・余り心地の良い場所ではない・・・。

「・・・多分、もう直ぐ来るだろうから、暫く待っててくれ。」

担任が真一にそう声を掛ける。
溜息を吐きつつ頷く真一。

余りの真一の成績の悪さに担任は心配し、真一の勉強を見てくれそうな生徒を呼んでくれたらしく
真一は先ほどからソコに立たされたまま・・・。

暫くすると、一人の生徒が俯き加減で職員室に入って来た。
チラリとも自分を見づに、担任の前で立ち止まった生徒・・・学年一秀才で・・・変わりも者の・・・滝沢志義。


そんな相手を担任は満面の笑みで出迎え、手招きをしている・・・。
   (まさか、こいつが・・・・?)

少々驚きながらも笑顔を浮かべてしまう真一。
これはもぅ癖としか言い様が無い・・・。

他人に嫌われる事を好まない真一。
常に笑顔を絶やさないのは、そのせいでもあった。



「折り入ってお願い・・・って訳でもないんだが、ホラ、この沢村。お前のクラスメイト・・・
 こいつの勉強、お前が見てやってくれないか・・・。」

少々申し訳無さそうに言いながら、担任は持っていたハンカチで汗を掻いた額を拭った。
そんなに暑い季節じゃないのに・・・寧ろまだ涼しい・・・肌寒い・・・

なのに、汗を掻いてる担任に、只ならぬ雰囲気を感じつつ、志義はいたって冷静に尋ねた。

「どういうわけですか?・・・何故俺が・・・」

言いながら、立たされたままのクラスメイトを見上げる志義




その視線が真一とぶつかる・・・。

深い・・・漆黒の瞳。

クラスメイトといえど、顔をちゃんと見たのは初めての事・・・。

自分を見上げる相手の髪が 僅かに・・・ 揺れた・・・



サラサラと・・・一瞬揺れた髪は  緩やかに白く美しい輪郭を曝け出す・・・


ソコに色を添えるように 形作られた 紅い唇・・・



「・・・みっ・・けた・・っ・・・・・」



誰にも解らないほど思わず零れた  ・・・小さな言葉。

僅かに高鳴る鼓動・・・。

ほんの少し掌が汗ばんでくる感覚が・・・緊張感が・・・ 真一は、なんだか少しだけ嬉しく感じられた。








「それじゃ、頼んだぞ」

気付くとなにやら話しは終わっている様子・・・。

そこには、笑顔で自分達を見送る様子の担任・・・。

真一は足早に職員室から出て行く様子の志義の背中を、慌てて追いかける。




やっと追いついたその背中・・・ 真一は何だか嬉しくて口元をほころばせた。

(変な事になっちゃったな・・・)
志義は思いつつ、自分より少し背の高い相手を見上げる。

「・・・ってなわけで・・・宜しく。」

悪びれた様子も無く、能天気に笑う言う真一に
志義は溜息吐きつつ“宜しく”っと言うしかなかった。





望むことなど もう二度と無いと思っていた真一

目の前の現実が痛すぎて 絶望に怯えるくらいなら 二度と 誰も望まぬ・・・と

心の隙間に ふと転がり込んできてしまった “禁断の果実”

それを口に入れてしまうなど

多分この時は 思いもしなかっただろう





春風の運ぶ 若葉の香り

温かな日差しの差し込む廊下・・・


真一は久し振りにつくった微笑ではなく   心からの笑顔を浮かべていた





*END*

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