庭球短編小説

□【背中合わせの思い出】
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シトシト… シトシト… シトシト…
パラパラ… パラパラ… パラパラ…
空から雨が舞い落ちてくる
耳に響くは…静かな雨音…
こんな雨の音…
昔も一緒に聞いたよね…

【背中合わせの想い出】

「うわっ…とうとう本格的に降ってきちゃったって感じじゃない…」
さっきまで霧の様に舞っていた小雨は、いつの間にか米粒程の大きさにまで成長し、僕らの頭上に降り注がれた…。
「走るぞ・・・周助。」
振り出した小雨に急き立てられるように僕は佐伯と一緒に走り出した。何の気無しに握られた手に…一瞬懐かしさを感じる…。
(アレって…何時だったっけ…)
ふと握られた手に懐かしい感覚と共に、一瞬浮かんだ淡い景色。
(…これは何時の思い出…?)
「あっちゃ〜・・・結構濡れたか?」
スポーツタオルをバックから取り出し、頭を拭いている佐伯の姿が…何だか見慣れない…。前髪から落ちてくる雫が…何だか風呂上りのようで…後ろめたい訳じゃないけれど、一瞬だけ…恋人の事を思い出した。
「ほら…お前も体冷やさないように拭いてとけよ。」
「ぁ・・・うん。」
自分もテニスバックからタオルを取り出し濡れた頭を軽く拭く。
今日は夏休み中にも関らず部活が休みだったから
佐伯と2人 テニスをしに公園に来たはずなのに…。
(来た早々…雨だなんて…)
「ついてねいな…」
雨宿りをしている公園の屋根付きベンチに駆け込んだ2人…佐伯のそんな言葉に、不二は小さく笑った。
屋根を覗くように空を見て、佐伯が苦笑いしながらベンチに座る。不二はそのベンチの後ろにつけて置いてある、もう一つのベンチに腰を下ろした。
背凭れのついていないそれに座ると、背中が…佐伯の背中に触れる…。
背中合わせに座った2人。
「ハハッ…なんで隣に来ないわけ?」
苦笑したまま尋ねる佐伯に、不二はクスクスッと笑った。
「ねぇ…覚えてるかな。前もこんな事、あったよね…。」
背中合わせに座りながら、不二も灰色の空を見つめる
黙ったままの佐伯は…きっと不二の質問を考えているのだろう。
「……あったね。」
呟くように言われたその答えに、佐伯はポリポリ…っと鼻先を人差し指で掻き、僅かに失笑した。

そう…あれは確か4年前…

僕らがまだ小学生だった頃の話し…

今と同じ様に、一緒にテニスをしに来た日、今日と同じ様に雨に降られた。
雨宿りをしたのは、今も昔も変わらないこの場所…。
僕たちの姿は大分変わったけれど…何の変化もしていない…この場所…。
「へぇ…覚えてたんだ…」
僅かに嬉しそうな音を奏で零れた言葉。だってそれは…懐かしい大切な想いでだったから…。
「忘れたりしないよ…」
相変わらず下を向いたまま佐伯も、何だか嬉しそうに答える。

屋根に当たる雨の音が

昔の大切な思い出をつれてくる

不規則にパラパラ…パラパラ…小さな音をたて…まるで時計の針を撒き戻していくように…思い出を連れてくる…。

あの日…僕らはこのベンチに今のような位置で座っていた。原因は…怒られちゃいそうだけど覚えてはいない…。覚えてるのは喧嘩した佐伯が拗ねて、僕の隣には座らなかったって処から…。
多分…その前のことはどうでもい事だから忘れちゃたんだろうけど。
「ずっと覚えてたのか…?」
尋ねられた言葉に不二は小さく首を振った。その振動が佐伯の背中に伝わる…。
「ずっとじゃない、さっき思い出したんだ…」
悪びれる訳でもなく不二は小さく微笑み、まるで懐かしい思い出話しでもするように言う。
「そっか…」
少し淋しそうな声が返ってきた…。それが…不二は何だか嬉しかった…。淋しそうに返ってきた返事は
つまり佐伯は…ずっとそれを覚えてたって事だから…。

4年前のあの日、僕らはこの屋根付きベンチで、幼いキスを交わした。キスなんて、そんなにロマンティックなものでもないけど…拗ねたまま口をきかなかった佐伯に、背中合わせに座っていた不二は振り返り…自分だけが悪い訳でもなかったけれど『ゴメンネ』っと言ってキスをしたのだ…。
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