庭球短編小説

□【美しき桜 散りゆく涙】
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ハラハラ…ハラハラ…桜が舞う…
淡雪の様に舞い落ちてくる儚い桜…
去年見たときは美しいと感じたのに…
今年はどうして…そんなのもの悲しげに…舞い散っているんだろう…

【美しき桜 散りゆく涙】

校庭の桜の木下、不二は根元に腰を下ろし 美しく散りゆく桜を眺めていた。季節は4月ももう半ば…殆ど散ってしまった桜の木には、殆ど花弁など残っては居ない…。
「当たり前か…」
苦笑浮かべ、それでも落ちてくる桜の花弁に視線を置いたまま…。
(春休み中は、綺麗に咲いていたのにな…)
今瞳に映っているものとは同じものと思えぬほど艶やかな夜桜を思い出し、不二は失笑した。

最後のキスは…その艶やかな夜桜の下。

恋人である手塚との、最後に交わしたキス…。

あのキスから、もう何日が経ったのだろう。もうどのくらいあの唇に触れていない…?
唇だけじゃない…手にも…髪にも…肌にも…。
最後に触れたのは…何時?
最後に一緒に2人で帰ったのは新学期の始まる前の日。優しい穏やかな笑顔で自分を送ってくれた手塚…。最近手塚のそんな顔など見たことが無い…。イヤッ…自分に向けられたことが無いのだ…。
認めたくは無かった。
それでも、真実は認めろとばかりに不二の瞳に飛び込んでくる。
「まさか…こんな事の成るなんてね…」
再び零れた独り言は、春の夜風に掻き消される…。
自分を見なくなった手塚の瞳。追っているのは…越前リョーマ…。
最初は入ってきたばかりの期待の新人に興味があるだけかと思っていた。
(そう思いたかったのかもしれない…)
自分に向けられなくなっていく視線に、触れられなくなっていく相手の手に、気がつかない振りをしながら…この何日か過ごしてきた。

認めてしまうのが怖かった。

自分の魅力では、相手をもう惹き付けておく事が出来ないという現実。本当は解っていたのかもしれない。
別れを切り出されることも…。
かといって自分から切り出すことも出来なかった…。
(好きなんだ…手放すなんて出来ないよ…)
この先の未来が、自分の一番望まないカタチで終わろうとしている。僅かに涙が浮かんだ瞳が、ぼやけた桜を映し出す…。

鈍感な手塚は、その想いが恋だと気付いているのかな…。

まるで死刑の宣告待ちでもしているようで、気なんてちっとも休まらない…。

きっと君は言わないつもりだろう…気移りした自分を責めながら、それでも僕を想っていくこともできず、悲劇のヒロインの様に苦しんでいくんだろ…。

でも、僕が気がつかないと思っているなら、それは飛んだお門違いだ。

僕は君の様に鈍感な人間なんかじゃない…。
鈍感な人間じゃないんだ…。

鈍感だったら…良かったのに…。

舞降る桜は散り続ける…
もの悲しげに舞い続ける…

去年一緒に見たときは美しかったその光景。今は淋しさを煽るものとしか感じられない。
人の心が移ろい変わるのはどうしようもないと解っている。それでも、それを恨んでしまうのは、自分の心が変わらず置いていかれそうだから…。

放り出されることが怖いんだ

だから別れなんて告げられない…

頬を伝うように流れ落ちる花弁のような淡い雫を拭う事無く…桜を見つめる…不二の瞳。
「不二か・・・?」
不意に掛けられた声に、僅かに身体が弾かれた。恐る恐る向けた視線の先には、愛しいはずの想い人の姿。
「ぁ…手塚…。」
さりげなく手元で濡れた頬を拭い、すかさず笑顔を向ける不二。こんな時に、泣いてしまえたら楽なのは解ってる。でも、そんな可愛い事が出来る性格でもなくて…。
「こんな時間までどうした」
心配気な相手の声が、泣いていたのを見てしまった事を教えてくれた。

鈍感なくせに…
鈍感なくせに…
こんな時ばっかり…

「何でもない…」

呟かれるように搾り出した言葉は、夜の闇の中でその真実を映し出してくれるはずも無く…手塚は“そうか…”っと知らない振りをしてくれた。
「一緒に帰るか…久し振りに。」
眉間に皺を寄せながら言っているであろうその言葉。
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