庭球短編小説

□【若葉の香り】
1ページ/2ページ

夢を見ていたのかな…あの頃の僕達…。
毎日顔を合わせては笑い…一生懸命…生きてた…。
今は凄く感じるんだ、あの頃の僕は…毎日を凄く楽しんでいた…って…
でも…自分を全て出していた訳ではなかったから…後悔は…今でも残ってるんだよね…。

【若葉の香り】

サラサラと流れるような風が髪を救い上げる…。
瞳に映るは 大学のキャンパス…。
中学を卒業して、もう4年とちょっとが過ぎていた。
中庭のベンチに不二は腰掛、膝にファイルを乗せたまま脚をくみ、近くの珈琲ショップで購入したカフェオレを片手に溜息を吐いていた。
大学に入って2ヶ月が過ぎようとしていた…。

テニスに汗を流し、辛かった練習に皆で耐え…笑いながら話し、一緒に日々を過ごした仲間たち…。
そんなことはとうに忘れていた筈だったのに…中庭の大きな樹を見ていて思いだすなんて…。
「…皆…元気かな。」
思わず零れた独り言…。
卒業して随分の時が経ち、皆それぞれに自分の夢のある方向へと歩み出した…。
勿論自分も…。
もう自分の周りに仲間達が居ない事にも慣れてしまった。
卒業を前に泣きじゃくる菊丸に『永遠の別れじゃないよ、会おうと思えば何時だって会える…』そういった不二。でも本当は、自分が一番泣きたかった。

淋しかった…

不安だった…
(英二の様に泣けたなら…)

菊丸の様に感じたまま、心のままに泣けたなら 少しは踏ん切りもついただろうに。
菊丸に対する想いを打ち明ける事も無く…
仲間に対して本音でぶつかり合う事も無く…
(僕は結局逃げたまま卒業してしまった…)

想い人に心を打ち明ける事…
仲間に意見を押し通す事…

不二は何時だって仲間達と本音で…本気で…ぶつかった事は無かった。穏やかな微笑の下で、本当は怯えていた…。

信頼できると解っている仲間達…
しかしそれに溶け込むことは難しかった…

何時までも一緒に居られる訳など無い、不二はそんな現実を知っていたから…。
自分の内面を曝け出して仲間達と付き合って、時間に流されるまま一人切りになるのが怖かったのだ。
それゆえ何時も何処か一線を置いて付き合ってきた。本当は皆と心の底から一緒に笑い、心の底から泣き…そんな風に過ごしたいと願っていながら…。
「…どうして今頃、思い出しちゃったカナ…」
僅かに失笑して、不二は手にあるカフェオレを一口口に含む。午後の授業に出る事も…何だかかったるくなってきた…。

ふと目に入ったキャンパスの樹…。あの樹が不二の記憶の底から懐かしく…僅かに苦い思い出をつれてきた…。
きっと他の皆は不二を仲間として受け入れていたであろう…。信頼できる友だと、熱い時を共に過ごしてきた仲間だと…。
しかし、不二にとってはそこに疑問を抱き続けなければならなかった。
本当は皆と馴れ合うのが怖かったなんて、言えるわけも無かったから…。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ