庭球短編小説

□【愛するもの… 愛されるもの…】
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吹く風に香る 君の香りだとか
太陽の陽に輝く 君の茶色の髪だとか
君を司る全てのものが 堪らなく愛しい
だから傍に居られたら 僕はそれだけで幸せだと思っていたんだ…

【愛するもの… 愛されるもの…】

「不二ぃ〜…」
帰りのホームルームを終えた菊丸が、両手振りながら
廊下をパタパタと不二に駆け寄る。茶色の髪が、窓から差し込む陽の光に輝き、不二は目を細めた。
“これは僕の愛しいひと…”
自分の目の前で、急ブレーキでもかけたように、いきなり菊丸が止まると、悪戯っこに良く似合う外跳ねの髪の毛がピョコンっと揺れた。
「今帰り?」
元気よく訪ねられた瞳は、“一緒に帰ろう…” の言葉を期待しているのが解る。
(でも、もし読み違いだったら…)
不二はそう思い、何時も道理の笑顔で何気ない返事を交わす。
「そうだよ。英二の処も、もぅ終わったみたいだね。」
その言葉に、菊丸の表情はちょっと拗ねたものに変わった。
「…そんなの見りゃ解るじゃん…。」
鞄を持ってるその姿は、どう見たって帰り支度を済ませている。
(でも、ほら…一応確かめないと、ね…)
「…そう。」
頷く不二に、菊丸は拗ねたままの表情で不二の瞳を、少し距離のあるところから覗き込む。
「今日も一緒に帰ろうよ…。」
尋ねられた言葉に、幸せそうに微笑む不二。そして頷く。拗ねた菊丸の表情が、安心した様に笑顔に変わった。

2人が付き合い始めたのはつい先日。

ずっと菊丸に想いを寄せていた不二…。告白の言葉は、思っていたより自然に口から零れ出し、菊丸の笑顔を手に入れた。

大好きだった人が…大切な恋人になった。
「ねぇ〜、帰りどっか寄ってく?」
ガタンっと手にした運動靴を床に放り投げながら、菊丸は脱いだ上履きを下駄箱にしまいこむ。不二も靴を履き替えながら小首を傾げ、微笑んだ。
「英二が行きたい所だったら、何所でも良いよ。」
(英二と一緒なら、何所だって楽しい…)
靴のかかとをトントンと地面に打ちつけながら、菊丸はなにやら考えている様子。
(何所に行こうか、考えてるのかな…)
付き合い始めてから毎日、殆ど一緒に帰っている2人。
毎回繰り返されている、…この会話…。
(そろそろ行きたい所も思いつかなくなってきたのかな…)
苦笑い浮かべながら、不二も脱いだ上履きを下駄箱へ仕舞った。
「…とりあえず歩く?」
不二の言葉に、菊丸はゆっくりと歩き出す。でも…まだ何か考えている様子…。
放課後のグランド…何時もなら部活の生徒達で賑わっているのに、テスト前のこの期間、静かに秋の風だけを通して…本の少しだけ淋しそう…。
「何所に行くかは、歩きながら決めたら良いじゃない。」
微笑み言う不二に、菊丸は “うん…”っと、少々項垂れた様な、気の無い返事を返していた。
鱗雲が青空を飾っている。
秋もそろそろ終わり…
(こんな空は、また来年まで見られなくなるんだろうな…)
僅かに上げた視線で空を眺めながら歩く不二の2・3歩後を菊丸はのんびりペースでついてくる。
(機嫌…悪いのかな…)
気にしてない素振で足を進めながら、不二は何気なく菊丸の方をみた。
…なんだか楽しそうじゃない…。
(僕…何かしたかな…?)
少々不審に思いながらも不二は表情そのままに足を進める。

一緒に居れたらそれだけで楽しい…
2人で居られたらそれだけで幸せ…
そう思っているのは、僕だけ?

2人の足が公園に差し掛かる頃、項垂れたまま歩いていた菊丸がようやく口を開いた。
「…天気良いし、公園で話していく?」
項垂れたままの首はそのままに、何だか気を使ったような上目使い。不二はそんな菊丸の様子を気にかけながらも、笑顔で頷く。だって、一緒に居られたらそれだけで楽しいんだってば…。
2人並んでベンチに腰掛、何も話さず背凭れにもたれた。サヤサヤと流れる風は心地よく髪を撫でてくれるし、隣には愛しい人…。
他ならぬ自分と過ごす為だけに、ここに居てくれているその事実。
でも、相手は何だか浮かぬ顔…。
(…もしかして別れ話だったりして…)
一瞬浮かんだ不安…。しかし次の瞬間、そんな物はどこかへ吹き飛んでしまった。
だって、秋風を香っていた自分の嗅覚は、その瞬間菊丸の髪の香りを感じていたから…。
抱きすくめられるように、しがみ付いてきた相手に少々驚きながら、不二はゆっくりと両手を菊丸の身体に回す。
「…英二…どうしたの?突然…」
驚きながらも穏やかな口調で尋ねると、菊丸の腕がキュッと少しだけ力が入る。
「…何かあった…?」
再度聞き返すと、菊丸はそのまま首を大きく振った。
まだ陽の高い公園のベンチ…2人は暫く黙ったまま…。
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