ギアス長編小説

□【雲間からさす光】★R18
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風が吹いても
朝日が昇っても
僕の頭上に立ち込める厚い雲は一向に晴れることなどない


暗闇から光を求めて外に出たはずなのに
一向に光は差し込まず


上を見上げては
ため息ばかり…


でも、見上げることをやめることは出来なくて
僕は兄さんの言葉に縋っていたんだ…


いつか光が差し込む事を願って…
いつか光を目にすることを願って…



 【雲間からさす光】



「はい…。殺した人の数は覚えていません。
歯を磨いたり、食事をしたことを数える人はいません。
それと同じことです。」


「僕のギアスは暗殺に向いている、そう言われました。
だから殺してきた。他に居る場所も無かったし。」


「潜入工作…弟役ですか…?
…僕にやれるでしょうか…。
僕は親も家族も知りませんから…。」


「いえっ…やります。…それが命令なら…」




暗く深い闇の中、ロロは自分の声を聞いていた。
(あれは僕…?…僕の声…?)

霞のかかったようなはっきりしない意識の中…だが、それは間違いなく自分の声。
(あぁ…そうだ…あれは、僕だ。)

真っ暗な漆黒の闇に、見えるはずのない自分の虚ろな表情を思い出す。
(そう…あれは僕。…なにも感じていなかった頃の…人形だった僕…)



頭痛の伴う目覚めとともに覚醒しだす自分の脳。
(…昔の夢を見ていたのか…)



額に片腕を乗せ、白い自室の天井を虚ろな瞳で眺めるロロ。
ロロを起こす筈の目覚まし時計はまだ沈黙したまま。

二度寝する気分にもなれず、起きるにはまだ早いかとも思いながら、ロロはだるそうに体を起こし洗面所に向かう事にした。

重い足で辿り着いた洗面所。
シケタ表情の自分が鏡に映る。

「…こんな顔してたら、兄さん変に思うよね。」

勢いよく捻った蛇口。
清涼な水音が木霊しだす。

手にすくった水で顔を洗いながらロロは思う。
こんな顔で兄の前に顔を出してはいけないと…。



『約束したからな。お前の新しい未来。 お前の未来は 俺と…』



中国領事館での銃撃戦の中、敵である自分を身を挺して庇ってくれたルルーシュ。
C.Cを差し出してまでも守ろうとした己が命を、まさか自分の為に…ロロは目を疑った。

“約束など、どうせ破るつもりだ”
“守らなければ殺すまで…”

そう思っていたロロの心は揺れた…。



『お前は俺の弟だから…』



植えつけられた記憶が嘘だとしても、共に過ごした時間に嘘はなかったとルルーシュは言った。
揺らいだロロの心は、彼の言葉に縋った。

操られるだけの人形のような生活。
光など差し込まぬ闇の中から、空が見えた…そんな気がした。

優しく微笑む兄…。
自分を気遣ってくれる兄…。
その姿を疑って何度か殺そうかと…軍に密告しようかと考えたロロ。

だがそれは、その度に躊躇われた。

今まで誰一人として自分を必要としてくれた事など無かったから。
必要なのはいつもロロのギアスで…ロロではなかった。

(どうせ兄さんも僕じゃなくてギアスが必要なだけだ…。)

疑いの眼差しでルルーシュを見ていたロロ。
だが兄役であるルルーシュは穏やかに…優しくロロに微笑んでくれていた。

優しい言葉をかけ、心を砕き…ロロの傍に居てくれた。


(……兄さんだって、僕のギアスが必要なだけ…)


解っている。
解っている。

それでも、人として接してもらえる心地よさを手放せなくて
それでも、優しくしてもらえる…気にかけて貰える嬉しさを拒めなくて
…ロロはルルーシュの傍に居る事を決めた。

軍で暗殺を請け負っていた頃には無かったものがルルーシュの傍では得られた。
例えそれが偽りだったとしても褒めて貰える。労ってもらえる。…大切にされていると…錯覚する事ができる。

「よくやった。」軍から与えられる言葉は形式染みた労いの言葉。
本心などではない。成功したらそう発せられる…ただそれだけの決まり文句。

それが当たり前で、それが寂しいとか切ないとか感じたことも無かったのに…
夢や希望など無くとも、生きていける…そう思っていたのに…


『それで生きていると言えるのか…?』


未来に夢や希望など無くてもロロには“居場所”が必要だったから。
自分が“居る”場所の為だけに、人を殺してきた…。

でも…今は欲しい。
“生きている自分”が…

生かされているのではない
“生きている自分”



「あぁ…早いな、ロロ。もぅ起きていたのか?」

軽く寝癖のついた黒髪を指先で整えながらパジャマ姿で洗面所に入ってきたのはルルーシュ。
下を向き顔を洗っていたロロは穏やかな笑みを浮かべ顔をあげると隣に立つルルーシュを鏡越しに見た。

「おはよう兄さん。…少し早かったんだけど、目が覚めちゃって。」

フワリと柔らかな笑顔で答えると棚にあるタオルにルルーシュが手を伸ばす。

「濡れるぞ。」

そっけない言葉に優しい笑みを添え手にしたタオルをルルーシュはロロに差し出す。
数回瞬いて嬉しそうに微笑み、ロロはそれを受け取った。

「ありがとう、兄さん。」

手にしたタオルで顔を拭くとロロはそのまま自室へと戻って行った。




愛されていないことなど解ってる。
あの微笑みが偽りのものだという事も…。

それでもルルーシュはロロに約束をくれた。

“希望”というなの未来。…そして彼の居場所。




「世界が平和になって…ナナリーが戻ってくれば僕はお払い箱…。」

自室に戻り制服に着替えながら、つい口を衝いて出た言葉にロロは自嘲の笑みを浮かべた。

ほんの一瞬、ルルーシュを信じた自分がいた。
わずかな一瞬、この人だけは自分を見てくれるかもしれない…そう思ってしまった自分がいた。

でもスザクの歓迎会の夜、ナナリーに電話越しで「愛してる」…そう告げたルルーシュを見た瞬間
それはまやかしだったと気づいてしまった。

真剣な面差しで…
切ない声で…
他にも沢山言葉を伝えたかったはずのルルーシュ。
限られた時間で許されたのは、一番大事な言葉。

「…愛してる・・・か…。」

自分に向かって言われることのない言葉を、一人口にしてみる。
心の奥からゾワゾワと虚しさが広がってくる。

「…僕には一生縁のない言葉だ…」

着終わった制服姿の自分を鏡に映すと、ロロはその姿をまじまじと見つめた。



もしも違う形で出会っていたら兄さんは僕を友人にしてくれただろうか

もしも僕が本当の弟だったら…ナナリーのように愛して貰えただろうか

もしも… もしも…

もしも… 僕が…



制服姿の沈んだ自分の顔。
虚ろな人形だったころの方が、苦しくなかったのかもしれない…ふと、そんな考えが頭を過る。

「ロロ、支度すんだのか?」

コンコン…と聞こえてきたノックに続いて、扉越しに聞こえてきたルルーシュの声。

ロロは慌て椅子に置いてあるカバンを手に扉に駆け寄った。

扉を開ければ、そこにはルルーシュの姿。
制服に身を包み爽やかな笑みでロロを迎えてくれた。

「せっかく早起きしたんだし、のんびり朝食をとってから行くとしよう。」

リビングを軽く指差し、ルルーシュは微笑む。
つられたようにロロも微笑む。



まやかしでも良い…

嘘でも良い…

こんな時間が1分でも… 1秒でも長く…



「じゃ、今日は僕が朝食を作るね。」
「…お前が?」
「…兄さんには勝てないけど、これでも少しはましになったんだよ。」

苦笑いを浮かべリビングへと向かう2人。
その後ろ姿は、まるで本当に仲の良い兄弟のよう…




暗闇から空を見出すことは出来ても

頭上を覆う厚い雲は一向に晴れてはくれない

でも…

それでもロロは空を見上げ雲間に隙間はないかと目を凝らす

いつか差し込むかもしれない 光の兆しを探すために…
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