庭球長編小説

□【僕たちの想い】★R18
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「ただいま…」

リョーマはそう言って玄関の扉をしめた。
遅かったのね…そう言わんばかりの母親の視線を避けるように二階へと上がり
自分の部屋へと逃げるように入って行く。

肩から鞄を外し、そのまま床に投げ
ドサリとベットに倒れこんだ。

気だるい体を布団が柔らかく向けえ入れてくれる・・・。

「何やってんだ…俺…」

ベットに伏したままリョーマは呟く
(何であんな事をしたんだろう…)

帰り道なるべく不自然にならない様にとドキドキしていた自分。
桃城の何時も道理の態度に、後ろめたい気持ちになった。

まるで自分らしくない…

(気がつかれなくて良かった…)

誰にも言えない…。
知られたくない…。

これは俺だけの秘密…。

身勝手に奪った…これがリョーマにとってはファーストキスだった。


リョーマは眠れない夜に飲み込まれそうな感覚に耐えながら
朝日が昇るのを待った。

(誰も知らないんだ…。明日になればきっと忘れる…)

そう自分に言い聞かせることしか出来ないでいで・・・。


              *


頭が痛い…

視界がチカチカして目の奥がジンジンと痛んだ…

「具合悪そうだね」

振り向くと不二が微笑み、リョーマを覗き込んでいた。

「イヤッ、何でもないッス…」

リョーマは帽子のつばを摘んで、深く被り直しそう答えた。

「寝不足なんでしょ、今日はもう上がったら?」

笑顔で言う不二。
(何で解ったんだ…)
不二の言葉にリョーマは眉を顰めた。

そう…昨日は殆ど眠れなかった。
眠れるわけが無い…。
桃城の顔が、掻き消しても掻き消しても浮かんできて、リョーマの眠りを妨げた…。

そんな事を思いながら、黙ったままのリョーマに不二は微笑み掛ける。

「今日は手塚も居ないことだし、竜崎先生には僕が上手く言っといてあげるよ。」

微笑む口がそう告げる。
最後にクスッと鼻で笑って…。

リョーマは、不二の言葉と笑顔に不安を覚えた。

「イヤッ…いいッスヨ…」

そうリョーマが言い終わらない内に、不二は信じられない言葉を口にした。

「僕、昨日見ちゃったんだよね…。公園に居た君達を…」

リョーマは不二の足元を見たまま固まった。
不二の言葉が、一瞬理解できなかったのだ…。
揺れる瞳をオズオズと上げ、やっとのおもいで不二を見上げたリョーマ。
吸った酸素を吐き出す事も忘れ、目を一杯に開いたまま、声を発することも出来なかった。

そんなリョーマの姿を見て、不二は極上の笑顔を浮かべ冷ややかにリョーマを見た。

「へぇ…やっぱり見間違いじゃなかったんだ。越前君って、中々大胆なんだね」

不二の言葉がリョーマの頭を駆け巡った。
(見てたって…そんな馬鹿な…)
一瞬の出来事…有り得ないっと思っていても、不二の冷たい笑顔が
それは真実だと告げている。

不二は楽しそうにクスッと笑って、身動き一つ出来ないリョーマの耳元に囁いた。

「帰らないって言い切ったんだもの…ね。 最後まで部活頑張って・・・」

リョーマの肩をポンッと叩き通り過ぎようとした不二
その足を一瞬止め、止まったままのリョーマの耳元でもう一度囁く。

今度はとびきりあまやかな声で

「部活の後、僕の家においで。皆には内緒の話をしよう」

自分を追い越し、去って行く不二の気配を感じながら、リョーマはただ正面を見つめていた。
指先どころか、視線さえ動かせなかったのだ。

思考回路など、とうに止まっている。
笑いながら不二は楽しそうに、リョーマの背中を振り返って言った。

「嫌だなんて言わないよね。それじゃ、待てるから。」

不二は何時もと変わらない口調でそう言い残し、何も無かったかのようにコートへ戻っていった。
やっと瞬きをした瞳が、動揺を顕わに小さく揺れる。
(そんな…。嘘だろ…っ…)


          *


「お邪魔します…」

部活が終わって、リョーマは躊躇いながらも不二の家に来てしまった。
小さな声で一応呟き、恐る恐る不二の部屋に足を踏み入れる。

“どうぞ” そう言って微笑む不二。

「何か飲むよね…。ファンタでいいかな」

そう言われ、リョーマは小さく頷いた。
そんな事はどうでもいい…。
いったい何の話をするというんだ…。
ソレだけがリョーマは気がかりだった。

そんな落ち着かない様子のリョーマを瞳の端で不二は捕えながら薄く微笑み
1階に飲み物を取りに降りていった。

部屋の中は静か過ぎて、外からは子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
葉擦れの音さえも聞こえる…。

風の音、小さく鳴く鳥の声も…。

リョーマの心中とは正反対の穏やかな音…音…音…

「ごめんね。お待たせ…」

さっきまで耳に入ってきていた音たちが
一瞬にして、掻き消される。

それは自分の鼓動のせい…

ファンタの缶をリョーマに差し出す不二の顔
何時もと同じ様に微笑んでいる…。しかしどこかが違う。
リョーマは受け取りながら、自分が今どんな顔をしているのだろうと怖くなた。

不二は持ってきたばかりの麦茶の入ったグラスに口を着け、一口飲んだ。
氷の入れられた麦茶は少し冷えすぎていたのか、綺麗に整った眉が僅かに顰められる。

グラスから離れた、濡れた唇が甘い声で尋ねる。

「ねぇ…何で桃にキスしたの?」

そう口にした不二はリョーマのことなど見ず
椅子に腰掛け、ユルリと足を組んでいた。

一瞬言葉に詰まりながらリョーマは答えた。

「何となく…」

“そんな事あんたには関係ない” そう言うつもりだった口は真実を述べている。
リョーマ自身解らなかった。
何故自分があんなことをしてしまったのか。

昨日眠れずに考え…やっと出た情けない答え…。
ソレをそのまま不二に言ってしまっている…。

「ふーん…。何となく、か」

首を軽く振りながら、不二は少々邪魔な前髪をサイドに流しながら小さく笑った。
そしてゆっくりとリョーマを見る。

青い瞳が立ったままのリョーマを捕える。

リョーマは小さく息を呑んだ。
不二が何を言いたいのか、これから何を話すのか・・・

考えただけで、足元から崩れそうな不安感に襲われていた。
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