書斎
□A cup of coffee.
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雑然とした研究室、いつも隣にある気配がないだけで、酷く物寂しく感じる。
助手のワトソン君は、怪我をして静養中なのだ。
私が投げ付けてしまった電話という名のドッジボールのせいで、肋骨を何本か持って行かれてしまったらしい。
医者の話によると、全治一ヶ月の重症。
彼は気にしないで下さい、と無理して笑っていたけど、やはり怪我をさせた張本人である私が知らんぷりは出来ないだろう。
花とお菓子でも持って見舞いに行こう。
大体、こんな状態じゃ研究もはかどらないし…。
そう結論を出して、コートを羽織り、財布を手に家を出た。
途中にあった花屋で花束を見繕って貰い、菓子屋でクッキーの詰め合わせを買って準備は万端。
冷たい風に身を縮めながら、花束と紙袋を手に、ワトソン君の家へと向かう。
彼は大丈夫だろうか、怪我が悪化していたらどうしよう。
不安に胸が押し潰されそうになった頃、ようやく彼の家に到着した。
意を決してドアを叩くが、しばらくしても返答はない。
もしかして、顔も合わせたくない程嫌われてしまったのだろうか。
「わ、ワトソン君!済まなかった、許してくれ…」
ドアを力任せに叩きながら半泣きで訴える私に、道行く人から好奇の視線が集まるが、構わずノックを続ける。
「大怪我をさせて本当に済まない。見舞いに来たんだ、入れてくれないか?」
手の甲がジンジンと痛みだした頃、ギッと音を立てて目の前のドアが少しだけ開いた。
「…ベルさん?すみません、うたた寝してて…」
ドアの隙間から顔を出した彼は寒かったでしょう?と謝罪しつつ、私に微笑みかけた。
「あ、の…その痛むかい…?」
彼が開けてくれたドアをくぐりながら、小声で尋ねれば「少し」と返答が返ってきた。
「ごめん…」
「気にしないで下さいって前に言ったでしょう?わざわざお見舞いに来て下さって、有難うございます」
コーヒーでも入れますね、とどこまでも優しい顔と声。
あぁ、私みたいなゴミ人間には勿体ないよ。
「お気遣いなく。それに、君は怪我人なんだから、安静にしてないと…」
私が入れるよ、と遠慮する彼を押し止め、代わりにキッチンに立った。
余り勝手は分からないが、いつも彼がしているようにケトルを火にかけ、豆を挽く。
不慣れな手つきの私をワトソン君は心配げに見守っていたが、特に問題なくコーヒーを入れることが出来た。
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