書斎

□初心者につき
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好きです、と言われたから、私もだよ、と返したら、何故か怖い顔で睨まれた。

「杉田さん、僕の言ったことちゃんと聞こえてますか?」

普段、私の聞き間違いが酷いからってそこまで疑うことはないだろうに。

「聴こえてるよ。好きだって言ったんでしょ?」

「…意味、分かってます?」

“好き”の意味?それは好ましいとか、そういうことではないのだろうか?

返答に詰まり、首を傾げている私に淳庵君は深い溜息を吐いた。

「やっぱり…いや、貴方に分かって貰える方が奇跡に近いとは思いますが…」

本当に鈍感ですね、と失礼な事をボソリと吐き捨てて、彼は私から目を逸らす。

何なんだろう?最近の若い子の気持ちが分からないなぁ、なんて戸惑いつつ、すっかり冷えた茶を啜った。

淳庵君が入れてくれたソレは、高価な玉露のようで、飲み慣れない私は酔っ払ってしまいそうだ。

「あぁもぅ!なんて言えば良いんだ…」

バリバリと頭を掻きながら考えるものだから、綺麗な黒髪がグシャグシャになってしまう。

男前が台なしだな、とぼんやり思い、私はまた茶を啜る。

「あのですね、杉田さん!僕は貴方をお慕いしているんです。先達として、とかではなく、一人の人間として…」

いつになく真剣な表情。白い頬に赤みが差し、緊張からか汗もかいていた。

膝の上で固められた拳は白くなる程に強く握られている。

「えぇと…つまり?」

「つまり…その、僕とお付き合いして頂けないかと…も、勿論、無理にとは言いませんが」

今にも倒れるのではないかと思う程、真っ赤な顔で全てを口にした彼。

向かい合う私は思わぬ言葉に、口をポカンと開けた間抜け面を晒していた。

お付き合い?と言うことはつまり交際を申し込まれているのだろうか?

いや、しかし、私は男で。彼も男で。

若い娘にキャーキャー言われるような美男子が一体何を血迷ったことを言っているのか、訳が分からない。

「あの、淳庵君…君、その…男が好きなの?」

「ち、違います!あ、いや…杉田さんのことは好きですけど…」

あぁ、上手く纏まらない!と苛々頭を掻き回す彼にどうしたものか分からず、押し黙って様子を窺うしか出来ない。

「二六時中、考えるのは貴方のことばかり。僕自身、正気を疑いました。でも、この気持ちは紛れも無い本心なんです!」

恐る恐る、といった風情で伸ばされた手が、私の手の上に重ねられた。

汗ばんで少し熱い手の平に、それ以上に熱い眼差し。

嗚呼、何だか溶けてしまいそうだ。





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