書斎

□いい夫婦詰め合わせ
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妹太の場合




仕事を終え、すっかり暗くなった道を歩いていた僕は、ふと思った。

「そういえば、今日は太子の顔を見てないな…」

またあの阿呆伝説は仕事をサボって、ブランコでも漕いでたんだろうか。

明日、見かけたらガツンと言ってやらなきゃ。

なんて考えている内に家に到着した。

しかし、僕は戸を開く前にアレ?と首を傾げて固まった。

家の中から明かりが漏れていた。

一人暮らしの僕の家から明かり…消し忘れたのでなければ、考えられるのは…。

「泥棒?」

別に盗られて困る物はないけど、武器でも持っていたら厄介だ。

緊張に喉を鳴らし、そろりと戸を開く。

それと同時にダダダッと廊下を駆けてくる影。

僕の身体は考えるより早く動き出していた。半身をずらし、そいつとすれ違い様に背中に一発蹴りを浴びせる。

「オアマァっ!?」

聞き覚えのありすぎる間抜けな奇声を上げて、倒れたソイツは青いジャージに身を包んだ人物で。

つまりは、僕の上司である聖徳太子その人。

「…いきなり蹴るなんて酷いじゃないか!この暴力芋!」

ムクッと勢い良く起き上がり、こちらに向き直った太子は泥だらけの顔で僕を睨む。

「人の留守中に勝手に家に入って、いきなり飛び掛かってくるような不審者には当然の反応だと思いますけど…」

ハァ…と重い溜息が漏れた。

太子は、ぷぅと頬を膨らませ、拗ねたような表情で呟く。

「…妹子を驚かせてみたかったんだよ」

「確かにビックリしましたけど、犯罪じみたことは止めて下さい」

全く、このオッサンは、どうしていつもこう、突拍子もない行動に出るのだろうか。

予想が出来なくて困る。

地面を眺めながら、頭を掻いていた僕だったが。

「…お帰り、妹子」

唐突に聞こえた声の柔らかな響きにつられて目を遣れば、微笑みを浮かべた太子の顔。

「え…はい、ただいま帰りました…?」

思わず返事をしてから、ポケッと口を開け放っている僕に、太子は満足げな様子で頷き、立ち上がった。

「よし、じゃあ私はもう帰るから…邪魔したな」

「えっ…ちょ、太子…!」

一方的に言うと、宣言通り踵を返し、帰ってしまう太子の背中を僕はぼんやりと見つめていた。

「…何だったんだ?」

やがて我に返り、首を傾げつつ玄関を潜れば、何やらいい匂いが鼻を擽る。

まさか、と靴を脱ぐのももどかしく居間へと向かうと、きちんと用意された夕餉が一膳。

伏せられた茶碗と汁椀、小鉢には菜っ葉のお浸し、皿には天麩羅が盛られていた。

夢でも見ているような心地で歩み寄れば、台の上に一枚の書き置き。

『妹子へ

味噌汁は台所の鍋の中にあるから、温めて食べろ。

好物のツナは入ってないけどな。

お帰り、仕事ご苦労さん。

また、明日も頑張れ』


何だよ、これ…。

部屋もよく見渡せば、連日の激務で散らかっていたのが、綺麗に片付けられている。

「あの馬鹿…何勝手な事…」

脱力するままに腰を下ろし、お浸しを摘む。

ほのかな醤油の香りが広がると同時に、何故か目頭が熱くなる。

「美味しい……お礼くらい言わせて下さいよ、太子」

次々に浮かんでくる涙を手の甲でゴシゴシと拭った僕は、台所へと向かう。

鍋を火に掛けながら、思い出す。

お帰り、なんて言って貰ったのは、何年ぶりだろうか。

明日、あの阿呆の為にカレーでも作って、招待してやるか。

嬉しかった、なんて口が裂けても言ってやらないけど…。





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