無双

□赤く染まった鴉
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戦ばかりのこの乱世。
生きるにはただ勝ち続けなければいけない。
同じ『人』という生き物を蹴落として
この手を赤く赤く染めて
喉の渇きはますます酷くなり。
こんなにも苦しいのは戦いで負った傷のせいなのか
渇きすぎた空気のせいなのか
目の前に広がる広大な赤のせいなのか。

「一歩進んで―――」

人間の無限の大欲に振り回される大地
流れ続ける涙の雨
燃やされ消え行く森林
消え行くのは人の命だけでなく自然の命も共に

「二歩下がる。」

絡み絡まりながら徐々に降下する鴉。
鴉の鳴き声がこだましながら空もまた赤く染まっていく。
まるで血を広げた世界のようだと
ぽつんと一人立ち尽くして思う。
足元の影がこの荒地に長く細く伸びていく。
このまま消えてしまえばいいのになんて考えて、自嘲気味に笑った。

「一歩進んで―――」

世界に自分一人しかいないような錯覚に囚われながら、
息苦しさにさいなまれながら、
手にした獲物を引きずりながら、また

「二歩下がる。」

徐々に後退していく己を赤い夕日に照らしながら、目を閉じる。
突然暗やみに包まれて、何故か怖くなった。
世界は残酷な赤すらも失ってしまったのか?奪ってしまったのか?
僅かに震えていた気がした左手は、獲物を握るだけ。
いっそ真っ暗闇の世界なら、この世界がこのままならいいなと考えて、笑う。
足に刺さったまま抜けない矢が心の傷口すら抉るようで、ふいに胸がいたんで目がくらんだ。
暗闇すらかすみ始めた自分はその場にふらりと倒れこんだ。
ドシリ、と背中に鈍い痛みを感じながらも私は嘲笑っていた。
握り締めていた物すら手放して、息を吸う。
目の蓋が橙にそまって流れている。
遠くに聞こえる鴉の鳴き声が、甲高い鷹の鳴き声にかき消されて落ちる。
その鴉と共に自分も墜ちてしまったような気がした。
所詮、巨大な存在の残りかすを与えられた下の下の下。
高潔な鷹に消されて終わり。
そんな運命、天命。

転んだままだけど

「一歩進んで――――――――――――」

それでもまだ生きていたいな、と目を開けた。



「百歩下がる。」






退化し続ける私達

→あとがき
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