短編

□気づいた時には
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働きだして何年かたった。今の仕事は休みもある程度あり自由にできる時間が長い。でもそれは私にとっては嬉しくも有り難くもない。


「ひまだなー」


仕事が休みの今日。春の陽気を浴びて行くあてもなくふらふらと街を歩いて程よく疲れたので公園のベンチで一息。


仕事で地元から離れてこっちへ来た私には友達も居なければ知り合いすら居ない。仕事の仲間はいるけれどそれとこれとはまた違うわけで。


「さみしい」


ぽつりと出てしまった言葉にハッとする。周りを見れば人は居なくて落ち着く。


「俺んとこ、くる?」


心をなでおろした途端に聞こえた声にどきりと心臓が跳ねる。がさりと揺れた草むらから現れたのは赤色のパーカーをきた男の人で。


「どちら様ですか?」


未だに脈打つ心臓を落ち着かせるように深く息をしてそう問えば、彼はにししっと陽気に笑う。


「松野おそ松!俺んちは賑やかだからさ、寂しくねーよ?」


だから、笑え


そう言って手を引く彼はやけに強引で。でもそれは優しさを帯びていた。優しく笑う彼の笑顔は太陽の様で、引かれるままに付いて行く。


それが彼との出会い。
彼らとの出会いだった。


季節が何度か過ぎて、秋も終わり冬になった。雪が降る今日は冷え込んでいて天気予報によると明日はより温度が下がるみたいだ。


「外、寒そう」


こたつの中で温もりながら窓の外を見ればしんしんと雪が積もっていて。明日の仕事が憂鬱だなぁなんて溜息を漏らす。


「仕事なんてやめて俺と愛の逃避行なんでどうだ?」


隣でそういって格好つけたのは松野カラ松。おそ松くんの兄弟の1人。あの日、おそ松くんが連れてきてくれたのは彼の実家で、呼ばれたところには5人の同じ顔があった。


おそ松くんは六つ子らしい。最初は見分けがつかなくて、ぎこちなくなっていたものの今はもう大丈夫だ。六つ子と言ってもやはり個性はあって、雰囲気で見分けがつくようになった。


仕事終わりはおそ松くんが何故か迎えに来てくれていて、家に招かれる。そして6人に囲まれているうちに次第に寂しさなんて消えていた。それもこれもおそ松くんのおかげで、感謝してもしきれない。


仕事終わりの今日もおそ松くんと一緒に帰ってきて、松野家にお邪魔していた。


「カラ松くん、おそ松くん遅くない?」


「え…あぁ、そう言えば遅いな」



彼の愛の囁きを流せば彼は切なそうに私の問いに応える。カラ松くんはいつもこうだから、耐性がついてしまった。


おそ松くんと言えば外に灯油を買いに行ってくれている。もう小一時間たつけれど…


「ほんとに名無しさんはおそ松ばかりだな」


「それは、ね。おそ松くんのおかげでこんなに楽しい毎日が送れるんだもの。感謝してるし、それに」


大好きだもん


にへら、と頬が緩み熱が帯びるのが自分でも分かる。


「まったく…カラ松ガールはよそ見ばかりだ…。目の前にナイスガイが、いるのに目にもくれないとはな」


「カラ松くんも格好いいよ」


あはは、と笑えばカラ松くんは凛々しい眉を少し下げて私の頭を撫でた。いつも兄弟に蔑ろにされても兄弟を大切にするのは、きっとすごい優しい人だから。


「俺の名無しさんに何してくれちゃってんのー」


ひょっこり現れたのはおそ松くんで、びくりと驚く。いつの間に帰ってきたの、と声にしようとすれば遮る声。


「名無しさんは俺の事大好きなんだろ?」


にやにや、と幸せそうに笑うのは赤色の彼で。その言葉を聞いてボンっと顔に熱が集まる。


「きいてたの?!」


「直接、俺に言って欲しかったなぁ。大好きって言ってた時の顔、めっちゃ可愛いかったし」


あぁ、恥ずかしくてたまらない。穴があったら潜り込んででも入りたいくらいだ。


「なぁ、俺も、大好き。会ったときから好きだった。だからさ、」


ー俺だけのものになってくんない?ー


(よろしくお願いします)
(やっりぃ!って、事だからカラ松はどっか行ってくれる?)
(俺のヴィーナスが…。諦めないぜ、マイハニー?)

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